親
シリウス神兵、五百四十二名―――それが僅か二時間半の戦闘により、壊滅した。
決して表理に出やしない話ではあるが、これを個人による殺人事件と捉えるならば、間違いなく歴代最多の死者数であろう。
そしてその記録は、更に上塗られる事となる。
「とうとう、なりふり構わなくなって来たな…………!」
怒りを露わにしながら、秋臥は漏らす。
差し向けられたのは一般信者―――鍛えられたシリウスの神兵ではない、秋臥からしてしまえば戦力に数える事すらおかしい人員。
それが、苦悩の声を上げながら秋臥に襲いかかる。
恐怖と痛みに表情を歪めて、喉が張り裂けんばかりの声で、体が勝手に動くのだと悲鳴を上げながら。
「出て来い総司! こいつらを無駄に殺したくないのはお前も同じだろ!」
叫ぶが響かず―――他の信者の声にかき消されて、姿の見えない総司まで声が届く事はなく。
狂乱に満ちた空間の中、秋臥に出来る事といえば押し寄せる人々を退ける事のみであった。
なるべく浅傷で済ませようとは意識するも、数が数。
一定数は、殺さざるを得ない。
「――――――香菜、お父さんに謝りなさい」
「今度は誰だ…………!」
戦闘に意識を回しすぎ、一瞬香菜へ回す注意が疎かに。
その隙をつき、何者かが香菜の背後より接近―――首周りから腕を回し、あすなろ抱きの様な体制になった。
「香菜―――学校に行きたいなんて思ってしまってごめんなさいって、ちゃんとお父さんに謝れる?」
「お母…………さん………………」
現れたのは香菜の母、巴山静子―――年齢としては三十代と、十五歳の娘を持つ母としては若い筈だが、その容姿は五十代と言われても納得してしまうような老け具合だ。
「香菜を離せ………………ッ!」
「離せ? 年上の人間に対してなんて口の利き方を。こんな人を側に置くから、貴女も馬鹿になってしまったのですね」
秋臥は腕とハンドルをワイヤーで繋いだナイフを全力で投擲。
香菜の母だろうとも、邪魔立てするならば殺す以外の選択肢はなく。
だが、それは失敗に終わる―――途中、一般信者がその身を挺してナイフを防ぐ。
本人すら意識せずに、驚愕と苦しみに塗れた表情で即死している。
ワイヤーを引き、ナイフを手元に戻すと今度は横薙ぎに大きくナイフを振るう。
ワイヤーにより拡張された間合いと、その分加算された遠心力によって与えられる破壊力。
横並び五人の喉を裂いて、改めて静子を狙うがまたも人の壁。
腹に刃を受け内臓を溢しながらも秋臥へと襲いかかる姿は、ゾンビパニック映画顔負けの迫力があった。
「お前ら悪いが、もう容赦出来ないぞ…………!」
瞬間、秋臥は駆け出す。
邪魔する者は全て砕き、香菜の元へと急ぎ向かう―――それを妨害するのは人の波。
多勢に無勢とはよく言ったもので、一人一人ならば目も向けられず秋臥に負ける者達が、今秋臥を足留しているではないか。
「秋臥…………貴方、何をしているの………………?」
「ふざけるな、総司………………!」
ここに来て足を止めたのは、こちらもまた母の一言。
一般信者の中には居るのだ―――秋臥の母が。
加賀美佳子が、殺人鬼にでも出会ったような表情で秋臥を見ていた。
「ほら香菜、お父さんに謝りなさい! すぐ謝りなさい! 今なら私も一緒に話してあげるわ―――だからすぐに謝りに行くのよ!」
「何をしているの秋臥…………私、貴方は立派にシリウスで働いているというから自慢の息子だと思っていたのに…………どうしてこんな、馬鹿なことをするの…………?」
「下らない男に入れ込んでいました、私が間違えてましたって! 言葉が出ないならお母さんが何をいうか全部決めてあげる! 貴女は私の言う通りにするだけでいいのよ」
「最近代弁者様に逆らうようになっているとは聞いていたけれど、まさかこんな…………! どう責任を取るつもりなの! これからトラオムで、私の立場はどうなるのよ…………!」
「貴女が言うことを聞かないと、私が娘の教育一つ出来ない馬鹿みたいじゃないの!!! 私が総司さんに捨てられたらどうするのよ! 私の人生が滅茶苦茶になるのよ!」
「私はこれから誰と話しても、裏切り者の母として見られるのよ…………! そんなの嫌よ…………そうよ、貴方自分で死になさい! そうしたら、私の説得で改心した事になるわよねっ! ねっ! そうしたら、きっと代弁者様も信者の皆様も、セリシア神も! きっと私を認めてくださるわ…………!!!」
一方的に、己の事情を叫ぶ二人の母。
それを聞いた子達は、全く同じことを考えていた―――もう、この人は要らないと。
全国の美佳子さんと静子さんごめんなさい。
(更新状況とか)
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