立ちて綻ぶ
「思えば、初めて私達が一緒にした場所はここでしたね、秋臥――――――秋臥?」
返事が無く、不思議に思い振り返る。
そこに見えたのは、体力の血と汗を流し倒れている秋臥。
先程の四人撃退後、現れた神兵達の銃撃がいくつか当たっていたのだ。
「止血っ…………! どうすれば、応急処置…………!」
焦りながらも救急箱を取りに行こうとする香菜―――だが、溢れ出した秋臥の血で滑り転び、血みどろになる。
「弾の摘出は済んでる、傷も浅い…………ただ、少し休みたい…………」
銃撃を受けながら、人一人抱えた状態での全力疾走。
当然体力が保たない。
「ではっ、水を…………確か管理室に防災用があったはずです!」
立ち上がり、今度こそ香菜は走り去る。
今秋臥が倒れている位置から管理室は近いので、ここは大人しく見守っている―――すると、少し離れた位置より香菜とは別の足音が。
警戒体制に入り、立ち上がれずとも銃を構える秋臥。
足音は次第に近づいてきて、暗い植物園の中、うっすらシルエットが見える位置まで近付いてきた。
両手を上げながらも、何かを持っている。
「隊長、俺です昌也です―――助けに来ました!」
葉霧昌也―――京谷の兄であり、秋臥があの四人に並び優秀と称した人物。
それが、補給食と神兵に支給される医療セットをこさえて現れたのだ。
「うわあ、向こうから聞いてましたけど、傷浅いとか嘘じゃないですか…………僕、処置とか下手ですからね」
秋臥の服を脱がすと、傷浅いというのが嘘だったと一目で分かるような傷の数々。
訓練や、トラオムにやってくる前にできた様な古傷の上から、夥しい数の銃痕が出来ている。
「秋臥、お水を…………?!」
「あ、香菜様〜! 丁度いいや、僕がこれやってもダメな気がしてたんですよ、変わってください」
秋臥の応急処置を香菜へと投げる。
それから一度体を伸ばすと、植物園の入り口へと目を向け、ナイフと銃を持つ。
「隊長、僕は父と母に無理矢理トラオムへ連れてこられました―――僕がここに残っていたのは、貴方が居たからです」
「昌也お前、何をする気だ………………」
「僕の人生は、弟に負け続けでした。何をしても、すぐに天才の弟に追い越されて、皆んなの注目も弟に向いて…………僕も弟に負ける事に慣れてしまって…………そんな中、隊長が僕に、弟に負けて良いのかって本気で言ってくれた事、本当に嬉しかったです」
秋臥には背を向け、植物園入り口へと歩き出す。
「僕に強くなり方を教えてくれ、何よりその強さの完成形としてあり続けてくれた隊長に、僕は憧れました。いつか貴方のために戦いたい―――そう思い、今日まで鍛えて来ました」
外からは多数の足音が聞こえて来る―――昌也は一度深呼吸をすると、武器を握る手により一層の力を込める。
「隊長っ! 指令をください…………どれだけ時間が欲しいですか」
「八…………いや…………五分だ」
「なら十分稼いでみせますよ。では、ご武運を!」
それだけ言うと、昌也は駆け出した。
秋臥もそれを止めることはない―――昌也が何をしようとしているか、止めろと言った所で止まるのか、まずそれ以外に何か最善の手があるのか。
全てを思考した上で、止めることが出来なかったのだ。
植物園に神兵達が突入して来ると同時に奇襲を仕掛け、銃器とナイフ、僅かな手榴弾などを駆使して、敵の中心で暴れる。
昌也の特徴は、オールラウンダー。
武器の扱いや素手―――攻撃から防御まで、高い技術を誇る。
武器を使えばその実力は羽々斬以上。
神兵にシリウスの中で誰が一番秋臥に近いかと問われれば、皆口を揃え葉霧昌也と答えるであろう。
暗い植物園の中、敵は昌也を秋臥と間違える。
故に全力の対象―――腹を撃ち抜かれようと動きを止めず、腕が落ちようと口でナイフを咥えて振るい、片目が潰れようとその血すら戦闘に利用し。
己の持つ全てを賭して、己の宣言した十分を稼ぐ。
いつしか体を濡らす血が自分のものか敵のものか分からなくなり、自分が動いているのか止まっているのかも分からなくなり。
上下左右も痛みも生死も、全て溶けて分からなくなった頃―――敵は目の前の一人だけどなっていた。
どれだけ時間が経ったか―――三分か、十分か、一時間か、或いは五十秒か。
両の腕が落ち、右目が潰れ、ナイフを咥える歯は砕けて頬も裂けている。
足は辛うじて両方繋がっているが、既に原型は留めておらず。
胴に関しては無傷の骨はなく、合計三十四の弾丸を体内に留め、また十三の弾丸が貫通した後が残っている。
「隊長じゃない………………! 葉霧昌也…………!」
「今頃気づいたのか、マヌケ……………………」
「貴様…………貴様ァ!」
血みどろの植物園の中、唯一生き残った神兵が激昂し銃を構える。
怒りと恐怖に指が震えながらも、必死に引き金に指をかけ、狙いを定め、いざ撃たんとする―――そしてその震えは、思いがけぬ衝撃で止まった。
「本当に、十分稼いだな」
「隊長…………ご武運……を…………」
残った神兵の首を、神速という言葉以外では形容し難い速度で掻っ切った。
瀕死の昌也の正面―――応急処置を終え、体力も回復した姿を見せつける。
もう大丈夫、お前の憧れた隊長はここに再度立ち上がったぞと言わんばかりに。
「よくやった、昌也」
その言葉は届かず―――既に死していた。
最後の一言を放つと同時に、気力と共に事切れていた。
死してなお倒れることないその姿を目に焼き付けながら、もう一度武器を取る。
ここまでの道すがらと昌也により、大方の神兵は死亡。
ここからが、ラストスパートである。
(更新状況とか)
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