私って馬鹿でしょう
頬に残った青痣―――それは先日放たれた香菜の提案に対する総司の答え。
全力ではないにしろ殴打一撃。
秋臥が武器を持ち出すには充分過ぎる理由であった。
「お前の人生は下らない青春ごっこのためではなくトラオムのためにあるのだ…………兵隊長を護衛になどという我儘を聞いてやったからと、あまり調子に乗るな。それが父の言葉でした……………………」
「分かった、ごめん…………俺も付いて行けばよかった」
そんな話をしながらも青痣の手当てをしていると、ノックも無しに部屋の扉が開かれる―――総司と二人の神兵。両名共に、秋臥の育てた者である。
「揃っていたか―――まあ良い、仕事をするとしよう」
言うと、総司は左右に目配せ―――その途端動き出す二人。
それと同時、脳からの信号が途切れた様に膝から崩れ落ちた。
「疾いものだな―――それで? 何の真似だ、加臥秋臥」
「逆に聞かせてくれよ―――何しに来た? 巴山総司。一人娘の顔に傷付けた直後、謝罪なんてツラにも見えないな」
「捕縛だ―――私はね、全てをトラオムに費やしているのだよ。金を、時間を、人生を。にも拘わらず、その私の株分けたる実子がこのような腑抜けだなどと許せた話ではなかろう? だから再教育することにした」
倒れた二人の中心、両腕を広げここを広場か何かと勘違いしたかのような力説を。
夢を語る子供のように、楽しそうに。
「だが、そうだな―――一度出直すとしよう。私も学んだよ、君に単身挑むのは愚策だとね」
「おとなしく帰らせると思ってるのか?」
「そうするのが英断とだけ伝えておこう―――君とて分かっているだろう? これから始まるのは、私と君の全面戦争だ!」
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「香菜、ここを出よう―――トラオムは、総司は君を人格ごと歪めるつもりだ」
総司が帰ってすぐ、秋臥は言った。
香菜の前だというのに服を脱ぎ、恥ずかしげもなく着替えながら。
胴や腕、脚には動きを阻害しない程度で充分な防具を施し、その上から重ねて防刃素材の衣類を。
腰に巻いたベルトには、ナイフを二本と拳銃一とマガジン三つ。
主力武器ではないにしろ、補充に抜かりはない。
「その必要はありません。私はここに残ります」
「………………なんで?」
「私のためにあなたを危険に晒したくはありません。父が動くとなれば全ての神兵が動くでしょう。それと私を護りながら戦うというのは………………余りにも無謀です」
「神兵? なら指揮権は俺も同格だよ」
「関係ありません。変に思うやも知れませんが父には…………不思議な力があります。少し段階を踏む必要かありますが父は、人の心を操る術を。人を洗脳する術をもっています」
「それは………………何とも…………」
言ってる間に、完全武装が完了。
秋臥は部屋の隅で座り込む香菜に目線を合わせるよう、傍に寄って跪く。
「香菜、命令して―――俺に、私を護れと。俺は君の友達で護衛だ。だから護れと命令してよ」
「出来ません。貴方は神兵達が来るより先に逃げてください」
「何馬鹿なことを――――――」
「馬鹿…………そうかも知れません」
目を伏せて言う。
自虐的に、己を蔑んで。
「私って馬鹿でしょう? 貴方がいなければ今自分が何をしたいのかすら分からない…………餌を求め吼えられる犬以下なんです」
香菜は少し困ったように微笑む。
それから深呼吸して緊張しながら、恥ずかしそうに重い口を開く。
「もし私を残して逃げたくないというのならば、どうか殺してください」
「…………は?」
「秋臥、今私は初めて人を…………いえ、貴方を愛しています。愛してやまないのです……! 貴方のことを考えると、死んでしまいそうに成る程胸が痛むのです…………! この閉ざされた施設で生き続けるよりも私は、貴方に殺されたい…………!」
途中言葉をは挟むことなく、秋臥はただ黙って話を聞く。
その結末がどうあろうとも、最後まで聞き届けようと決意して。
「好きです秋臥、心の底より愛しています。どうか私とお付き合いしてください―――そして殺してください。これは…………命令です」
そこまで聞いた瞬間―――秋臥は香菜にキスをした。
額や頬にではなく、口に。
三十秒程しっかりと。
「答えろ香菜、今ここで死ぬのが本当に幸せか?」
「…………いえ………………いえっ!」
「ならここを出るぞ…………!」
開戦の狼煙火は不要―――戦いは合図なく、二人の若者の足音で幕を開けた。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)
香菜の名前を決めてから、ずっと書きたい回でした。




