憧れた日々
香菜の救出後、トラオムにはまた新たな噂が流れた―――代弁者総司に楯突くもの現る。
しかもそれが、ここ暫く注目の的であったシリウスの新隊長だというのだ。
総司の部屋にて放たれた秋臥の言葉は、外に響くのに充分な声量であり、偶然それを耳にした者から一斉に話は広まった。
今本部内を歩けば、秋臥に向けられるのは懐疑と好奇心の入り混じった視線。
現状秋臥のよく使う神兵五人以外は、シリウス内部でも徐々に命令に従わぬ者が現れている。
無論秋臥は、無作為に総司に刃向かうわけではない。
通常の任務ならば黙って従うし、偶にの面談でも波風起こすことはない。
だが以前の様な妄信は無くなった。
最早総司の位置付けは代弁者様ではなく、ただの上司に過ぎない。
総司からも、秋臥に対する信頼は薄れた様子。
実力こそ認めてはいるものの、心の内を話すことはすっかり無くなった。
そんな関係性のまま、二年が流れ―――秋臥と香菜は十五歳になった。
この頃、香菜の様子に妙な影が見え始めた。
ふとした瞬間どこか遠い場所を眺めながらため息を溢し、護衛の者の話を聞き逃し。
以前ならばしない様な凡ミスも増え。
日数を週に一度から四度に増やした秋臥が護衛につく日こそ、一見平然を取り戻した様にはしているが以前程話に盛り上がりは見えず―――どうも薄ら上の空だ。
「ねえ秋臥―――高校と言うのは、どの様な場所なのですか?」
「俺もここに来た年齢敵に行ってないからな…………聞いた話じゃあ、漫画小説程楽しいわけじゃないらしいよ。将来の不安だとか、そういうのがリアルになってくるって」
「それなら、このまま行かない方がいいのでしょうか…………それとも、それとも………………」
「行きたいの?」
「その様なことは…………! しかし、考えてしまうのです…………もし貴方と学校に通えたならばと………………」
総司は信者がトラオムの監視下より離れる事を良しとしない。
何故か信者の誰もがそれを不思議にも悪くも思わない。
秋臥としてはそれが忌々しい。
そんな中、香菜や秋だけが学校に通うなど到底無理な話―――仮に許してしまえば、総司が娘だけを優遇していると見られ信者達の不評を買う。
「もし一緒に通えたら、きっと楽しいだろうね。授業終わりに校門の前で待ち合わせなんてしてさ―――帰りに寄り道して、無駄に金使って歩き疲れて。俺は少し、憧れる」
「憧れですか…………?」
「ずっと憧れてるんだ―――母さん関連で忙しくて今まで友達とか作る暇なかったから、そういうのに」
初めて香菜の見る、一切自分に慮る事のない秋臥の純粋な思いであった。
「私、頼んでみます…………! トラオム運営に関する素養を身につけたいと言えば、もしかしたら通るかも知れませんし…………!」
ふと思いつき言う
それを聞いた秋臥の感想は、通りうる―――総司は香菜に、大した思いを抱いていない。
それ故に、外に出ようとも、どうなろうとも構わないと思考したならば。
トラオム運営に必要な素養をとの大義名分さえあれば信者からの視線も多少はマシになるであろう。
「もし私が高校に通える様になったら、秋臥もしっかり護衛としてついて来てくださいね―――私箱入り娘ですから、きっと外で一人なんて怖くて泣いてしまいます」
「仰せのままに」
態とらしく敬語を使い、深い礼をして見せる。
護衛らしく丁寧に、少年らしくふざけて。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




