バグアイテム
「報告、敵の侵入を許しましたッ! 数は四人、見慣れぬ男女と、弟君ですッ!」
「なにぃ? やれと言った罠はどうした?」
「作動の確認はしました…………が、その影響は見られません…………ッ」
ゴルシアの元に、一人の兵が報告へと駆けつけた。
室外で腰から剣を外し、その身に攻撃的な要素は無い。
これはゴルシアの臆病な性格によって徹底された、室内の無害化―――自身の居る部屋に、少しでも殺傷力のある物を持ち込ませない命令に従っての行動である。
「火薬の量が少なかったか…………それとも、貴様の言う男女とやらの仕業か? ラクルスの奴め…………ここに来て運の良い男だ」
一つ舌打ちをすると、眉間に皺を寄せて窓から外を見る―――庭では四人を探して駆け回る兵達が。
屋敷の兵を総動員すれば、たった四人程度捕らえる事は苦もないだろうと思い小さく笑うと、兵へ向かって視線を向ける。
そして、視界が手に覆われた。
「なにッ………………?!」
「静かに」
顔面を左手で鷲掴みにされ、壁へと強打。
頭部への衝撃で、ただでさえ左手に覆われた視界が歪んで見えるゴルシアの状態を考慮せず、兵は静かに口を開く。
「報告、敵の侵入を許しました―――数は四名。中には弟君と、お付きの騎士リーニャ。更には見慣れぬ男女がおり、内一名は兵一名を殺害、その後鎧を強奪した後に、ゴルシア様のお部屋に侵入した模様です」
「きっ…………貴様ぁ…………!」
「言っただろう、静かにと」
頭を掴む手に力が籠り、頭蓋骨を強く絞める。
空いた右手で鎧の兜を脱ぐ―――現れた顔は、秋臥であった。
「お初にお目にかかる―――僕は加臥秋臥、ラクルス・エルモアースの依頼に従い、領主奪還、もとい貴方を殺しに来た」
言い終わると同時、音を上げて部屋の扉が開いた。
指と指の間から世界を除くゴルシアの視界には、見慣れぬ女一人とラクルス、リーニャがはっきりと映っていた。
「よう、兄貴―――顔色悪いが心労か?」
「何故生きているラクルスッ!」
ゴルシアが叫ぶと同時に、腹に掌底一撃―――秋臥の右腕が深く減り込み、胃を外側から捻る。
その衝撃により胃液は逆流―――口部分はある程度空間を造られていたものの、それでも確かに有る秋臥の手で抑えられた吐瀉物は左右上下と飛び散って、ゴルシアの顔を汚す。
「兵が来ては困る。どうか静かに死んでください」
「放っておけば貴様ッ…………! このオレに何たる無礼をッ!」
そう叫びながら振るわれた腕―――回避するために一度秋臥はバックステップで距離を取り、ラクルス達と同じ位置まで退がった。
怒りで息を荒げるゴルシアは、服のポケットから一本の筒を取り出した―――手の内に収まる程度の大きさ、それに似合わぬプレッシャー。
筒が姿を現した瞬間、部屋の雰囲気が変わった。
「ラクラスさん、あれは…………?」
「知らねえよ…………魔道具なんかとも違げえ、この世のものとは思えねえ異質さだ」
それを聞いた秋臥は、香菜と目を合わせる。
『お察し通り! それが儂の言ってたバグ要素みたいなものじゃ! ヌシの仕事はそれの回収―――頼んだぞ!』
突然、脳内に神様の声が響く。
それは香菜も同じな様子で、少し怪訝な表情。
「近づくことすら抵抗があるか? そうであろう! そうであろう! 父の遺産の実に七割を叩いて手に入れた代物―――こうでなくては大損であるからなあ!」
「親父の遺産を七割か…………テメェ、随分と勝手な真似してくれたな」
「勝手だぁ? 現当主であるオレに口答えするとは偉くなったなあ、え?」
筒を取り出した瞬間、余裕の表情を見せ始めた―――警備員も居ない幼稚園に機関銃でも持って乗り込んだかのような、この場の者達を敵勢力とすらも見ていない様子だ。
「しかしお前は、口論では曲がらぬタイプであったな―――よし、見せてしんぜよう。全てを超越させし力、神の力をッ!」
ゴルシアが筒を握り潰した。
中から飛び出したのは黒い液体―――それがゴルシアの皮膚へと潜り込み、内側から模様の様な筋を映し出す。
全身に筋が広がると、一度大きく息を吐くゴルシア。
瞳が少し濁って見えた。
「おお、素晴らしいぞこの全能感ッ! 今ならばかの神獣や聖七冠ですら敵では無いわッ!」
叫ぶと同時に、ゴルシアの首に糸が掛かる―――そして背後に、香菜が現れた。
「ならばまず、私がお相手致します」
「なんじゃ、小蝿か?」
「どうでしょうね」
次の瞬間―――四肢全てが大量の糸に巻き取られる。
糸の太さは見えにくさよりも頑丈さ重視で、直径一センチ。
それを手足の一本ずつに幾重も連ねて、部屋の壁などに繋げることで拘束を試みた―――だがしかし、それは無駄な仕事に終わる。
ゴルシアは敢えて、拘束が終わるまで待った。
この力を試すために―――敵へと、見せつけるために。
「ぬうっ!」
「なっ…………!」
力を込めるゴルシア―――途端に、自身を拘束する糸の固定元、壁や床が砕けた。
それどころか力は屋敷事引っ張る様に留まるところを知らず、香菜が部屋へ入る直前に屋敷全体に仕掛けた糸すら巻き込む。
糸同士は締め付け合い、絡み合い、屋敷全体を倒壊させた―――本来ならば、この糸は屋敷の耐久力を上げる役割を担っていた筈なのだ。
それを破壊の手綱としてしまうゴルシアの姿に、なんとか倒壊後瓦礫の下敷きとなる事を避けた四人は身震いする。
「おお、屋敷が壊滅してしまったではないか…………まあ良い、この力があれば王城の強奪すら容易かろうてッ!」
秋臥はこの世界で既に人を殺した―――それは、香菜も同じだ。
しかしこの世界特有の、前の世界とは桁違いな個人の戦力を目の当たりにするのはこれが初めてである。
もう一度拘束、そして殺害を試そうとする香菜を静止して、秋臥は前へと出る。
一度回りを見渡す―――香菜は戦闘体制、ラクルスはほぼ無傷だが、戦闘能力はほぼ皆無と聞いた。
リーニャに至っては、屋敷倒壊の際にラクルスを庇って腕を怪我しているではないか。
一度ため息を溢すとラクルスへ視線をやる―――手は剣に、今から自分があの男を殺すために動くと言う明確な意思表示だ。
静かに頷いて、ラクルスもそれを受け入れる。
それを確認したら、秋臥は剣を抜いた。
「香菜、僕は君に生きて欲しいから一緒にここへ来た―――君が、僕の居ない世界に意味がないと言ってくれた様に、僕も君が居ない世界に価値なんて見出さない。だかから、僕に君を護らせて欲しいんだ」
「しかし、秋臥はまだ…………」
「大丈夫だよ。これで二度目だ」
二人の脳内では、同じ日の記憶が流れていた―――四年前、共に両親のせいでとある宗教組織の施設に監禁されていたあの日。
二人が初めて人を殺し、初めて自らの自由を勝ち取ったあの日の事を思い出していた。
「…………負けないでくださいね」
「後ろで見ててくれるなら」
それだけ言うと秋臥は、死域へと駆け出した。
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