植物園
囚われた早瀬は、簡単に情報を吐いた―――トラオムの懇意にする工場の、元従業員に雇われたという事。
代表の娘を殺害し、その罪を工場になすりつけたならば、唯一のスポンサーであるトラオムを失った工場は簡単に倒産するだろうと画策したという事。
そして、普段の護衛から代わり子供の秋臥が護衛についている日ならば香菜の殺害は容易だろうと、決行日を本日に決めたという事。
それを伝えられた香菜は臆する様子など微塵も見せず、ただこのタイミングで捕まえられて良かったとだけ言った。
「―――私、かねてより睡蓮が好きなんです。花言葉は信仰や清純な心と私達に相応しく、水面に浮き、幾重にも重ねられた花弁には慎ましやかさと華やかさか同居しています。この姿こそ、私のあるべき姿なのかも知れません」
香菜は一度歩みを止めて言う。
元々は管理人の解説付きで案内される予定の植物園ではあったが、先の暗殺未遂もあって、今日はなるべく人を近づけぬ方針に。
秋臥と香菜の二人っきりで、植物園の中をゆっくりと見て回る事となった。
「随分とお詳しいですね」
「本日管理人の方とお話しすると思い、色々と調べました―――無駄にってしまいましたけれど」
「無駄じゃないですよ。私はお話を聞けて、楽しいですから」
「そうですか…………? なら、良かったです………………」
少し嬉しそうに微笑んで言う。
内心穏やかでなく、今直ぐにでも顔を赤くし倒れてしまいそうな事を隠しながら。
「そういえば睡蓮、他の花言葉だと優しさなどがありますよね―――その点香菜様、既にとてもお優しく、睡蓮の様な方だと思います。何も言わずおにぎりを食べてくださったことが、私はとても嬉しかったです」
「優しい、私が…………?」
驚き、きょとんとする香菜―――普段人に冷たく当たってしまうことが悩みの種であった彼女からしてみれば、自分と優しいと言う言葉は並ばぬものだと思っていたからだ。
「どうしましたか? 香菜様――――――」
「その呼び方は、よして下さい。私は貴方と話したくて、貴方に会いたくて、護衛にと父に頼みました―――それなのにそんなに改まっていられると私は…………どうしようもなく、寂しく思ってしまいます」
意図して出たわけではない、いじらしい言葉。
続いて秋臥までもが動きを止め、不意に静寂が流れた。
「もし貴方さえよければ、香菜と―――そう読んでもらいたいのです。人前でなければ丁寧な言葉遣いも要りません…………! だって私は一目貴方を見たあの日より…………あの日より…………! …………いえ、すみません。少し取り乱しました」
「分かりました………………いや、分かったよ、香菜」
精一杯の言葉に応える様言う―――きっと彼女の素は、暗殺者に狙われようと怯えぬ強かな姿ではなく、この呼び捨てにしてくれと頼むだけでも怯えながら話す姿なのだなと思うと秋臥は、どしようもなくその姿が愛おしく見えた。
思わず震える手を取ってしまう程に、愛おしく見えたのだ。
「香菜―――今日から俺達、友達だ」
「お友達、ですか…………?」
「ああ、くだらない事で笑って、互いに気なんて使わないで、馬鹿な事言い合って―――護衛の日は俺が何か朝に作ってくるから、それ食べながら昨日の出来事なんかを報告しあって。そんな友達になろう」
「まるで、プロポーズの様ですね」
「いやっ、そんなつもりじゃ…………!」
「分かっていますよ、ジョークです―――変でしたか?」
これはやられたと、小さく笑って見せる。
「いや、最高だよ」
「良かったです」
お互い笑い合い、落ち着いた頃にはまた、植物園を周り出す―――睡蓮の前で時間を使い過ぎたと、少しハイペースで。
この日、後の予定は全て問題なく済んだ。
最後の予定が終了し、香菜を部屋まで送り届けた時点で護衛の任務も終了。
秋臥もこの日は直ぐに部屋へと帰り、一日を振り返りながら寝る支度を。
トラブルメーカーの母に振り回されて生きて来て、友達など作る余裕もなかったこれまでの人生。
初めて出来た友達に想いを馳せながら、一日を終えた。
香菜が植物園にって、最終的にどこ行きつくのか露骨過ぎるぜ




