二つおにぎり
「お目覚めになられましたか、香菜様―――本日護衛に付く、加臥秋臥です」
「ん…………ん? なっ、え…っ!
うっすら目が覚め始めた頃に声が聞こえ、慌てて起き上がる香菜。
秋臥の現れた時間は予定通り、六時半―――普段ならば毎朝五時には起床している香菜だが、緊張で体内時計がズレたのかこのような事に。
顔を赤くし、五秒ほどフリーズした後に何か言わなければと考える。
「かっ…………顔を、洗ってきます…………!」
「はぁ………足元、お気をつけて」
想定外の反応に少し困りながらも、ベッドより立ちあがろうとする所に手を貸す秋臥。
肌が触れたことにより声にならない声を上げながらも、そそくさと洗面所へと逃げ込む香菜。
鏡を見るとそこには赤面し、どこまでもだらしなくにやけた自身の顔があった。
冷水で顔を洗い目を覚ますと、一度ピシャリと頬を叩き気を引き締める。
今日は人生史上最も過酷な日になるだろうと覚悟し、再び秋臥の元へ―――そしてもう一度、フリーズ。
「お早うございます、香菜様―――驚いておられた様でしたが、何か不備がありましたでしょうか?」
「いっ、いえ、その様なことは………………その…………それは?」
「朝食は護衛が用意せよとの事でしたので、用意させていただきました」
秋臥が手にしていたのは、ラップに包まれたおにぎり二つ―――早起きして米を炊き握られた、お手製出来立ての物である。
「…………やっぱり、違いましたか?」
「普段の護衛は、前日シェフにメニューを伝え作らせていましたので、その…………いただきます」
その発想はなかったと驚く秋臥。
容姿こそある程度成熟し、少し幼さを残しなも年帯びて見える秋臥だが、年齢は未だ十代前半―――朝食を用意しろとだけの指令では、当然この様な事も起きうる。
恥ずかしそうにしながらおにぎりを一つ手渡すと、部屋に設置された長テーブルと、それを挟む様に設置された二つのソファーへと移動。
お互い向き合う様に座って、静かにおにぎりを食べる。
「一応、手袋は付けて握りましたので…………」
「お気になさらず―――潔癖症ではございませんので」
言葉遣いが僅かにキツくなりながらも、なんとか完食。
緊張のせいで味など分からないが、何年振りか―――誰かと食べる朝食というのは、香菜にとってとても暖かく感じた。
「今日の予定は?」
「十時より植物園の視察に―――それからお休みを挟んで十二時に調理部、山野の新メニュー試食会と、十四時より映像部酒木と間宮による、新宣伝動画のコンペ審査員のお仕事が―――最後は十九時、総司様と共にスポンサーの茂木様とのディナーです」
「分かりました。十時までは何もないのですか?」
「ええ、一応もう直ぐ着付けの者が来ますが、それ以外の予定はございません―――っと、丁度来ましたね」
話していると、部屋の扉がノックされる。
秋臥が開けに行くと、やはり来たのは着付けを担当する女性。
「本日着付けを担当するら早瀬と申します。本日最初のご予定は植物園との事でしたので――――――」
今日も今日とて着物を三着持参し、その写真を見せて香菜に見せ選ばせる。
「……………………」
ただ無言で、二人の話す様子を見守る。
着付けの間、護衛である秋臥が室外待機出来るわけもなく―――初対面、同級生の女子が下着姿になり着物に着替えている様を、常に手の届く距離で見守り続けなければならない。
普段の護衛相手ならば何も思わない香菜も、恥ずかしさを感じながら寝巻きを脱ぎ、下着姿となる。
結局香菜が選んだのは、落ち着いた青の着物。
鞄を開け着物を取り出そう手を回した時―――秋臥が動いた。
早瀬の顎を強く蹴り上げ、床へと倒れ込んだ所にマウントを取り、両の腕はしっかりと踏み抑える。
「なっ、何を……!」
「しらばっくれるな」
鞄を側へと寄せて、着物を持ち上げる―――底には、一丁の拳銃が。
マガジンを抜くと確かに弾丸が込められていた。
「骨互裏入れ! 真壁は外で待機!」
言うと、部屋の外で待機していた神兵二人の内一人が入室―――十七歳ながらに高身長で、どこか蛇の様な雰囲気の女、骨互裏美彌子。
秋臥が今後を期待出来る神兵としてあげた人物の一人である。
「コイツを地下牢に入れて、代わりの着付け係を直ぐに手配してくれ―――それと、この後の予定は多少ずらしても構わない」
「了解―――直ぐ様その様に」
それだけ言うと、早瀬を連行―――秋臥の護衛初日は、波乱の幕開けである。




