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それぞれの夜

「っと、そろそろ本題を―――態々報告書なんかじゃなくて、こんな時間に呼び出してまで話を聞く理由を聞いてもいいか? 明日も早いんだ」


「もうその様な時刻か、少年に夜更かしをさせてはいけない―――では、率直に話すとしよう」



 盛り上がり過ぎた話から冷静を取り戻し、秋臥は早い就眠のためにも話題を切り替え。

 本題は別にあるという予想は当たっていた様で、総司も話を長引かせるつもりはない様子。



「週に一度、私の娘の護衛業務を任せたいと考えている―――丁度君と同い年だ」


「同い年…………でも、またなんで俺に?」


「本人だっての希望、としか言いようがない。年頃の娘の考えというのはよく分からんが、君ならばもしもの自体があったとて実力に不足は無いだろう―――護衛と言ってもこの施設内から出る事はない。任せても良いか?」


「………………分かった、予定を空けよう。訓練で抜けられる時間を探しておく」


「助かるよ―――では娘を、香菜を頼む」



 それだけ言うと、総司は退席―――秋臥も缶コーヒーを飲み終えると、就眠前にカフェインを摂取してしまったなどと考えながら、神兵の隊舎へと戻る。

 秋臥の部屋は、隊舎の中に唯一用意された隊長用の大部屋。

 キッチンや浴室などなど、通常ならば共同スペースを使用せよとされているものが個人のために用意されている。


 部屋へと戻った秋臥は湯船に浸からずシャワーだけ浴びると、コップ一杯の水を一気に飲み込んで、髪が濡れたままベッドに横たわると、目を瞑り今日一日を追想する―――トラオムに来てから暫く経った秋臥だが、口には出さぬものの毎日妙な疲労感を感じていた。


 頭の中にモヤがかかり、特定の何かに関する思考を妨げられている様で―――日々、その正体を探る。

 それがこの疲れに関連しているだろうと確信して、記憶の限りを探るのだ。


 そして毎日その最中に意識は薄れ、深い夢の中。


 泥の様に眠り、日が上るまでは滅多に目覚めぬ様になる。




 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



「総司様からの連絡により、今週の土曜の視察に護衛の任が付きました事をご報告いたします―――護衛の者は早朝より参りますので、お忘れなく」


「分かりました―――下がりなさい」


「はっ!」



 総司より、秋臥が護衛に付くとの報告を預かって来た連絡係を下がらせると、香菜は一度深いため息を。

 それから少し微笑むと、己の部屋を見渡した。


 よく片付けられた―――それどころか、余計な家具などが見当たらない。

 床も壁も天井も、家具すら白で統一された、窓のない圧迫感のある部屋。


 それを見渡し香菜は、少女の様に頬を膨らませ、態とらしく不満を醸し出す。

 これまで同年代の誰かに部屋を見せる機会というのは無く、やって来るのは親か護衛、連絡係の者達ばかり。

 当然どれも年上で、今回も名目上は護衛とはいえ同世代の―――しかも異性というシチュエーションは彼女にとって、未知も未知。


 それ故、空想で夢想する女の子らしい部屋というのから掛け離れた自身の部屋は彼女にとって、とても忌々しい不安の種であった。


 彼女は先日、初めて一目惚れというものを体験した―――あの日入隊テストを終え、敵意に満ち警戒に張り詰めた彼を見て、彼女は初めて胸の高鳴りを知ったのだ。


 それより彼女は少女らしさを探した―――だが、このコンクリートに囲まれた施設の中では見つかる由もなく。

 産まれて初めて、自身の人生というものに苛立っているのだ。



「この様な部屋、外より来た彼には女らしくないと笑われてしまうでしょうか………………」



 産まれて初めて、弱音を吐く。

 未だ一言の言葉を交わしてすらいない相手に幾つもの初めてを奪われている―――そう思うと彼女の、年齢以上に成熟して見える体は火照りだし、より一層思考は彼に支配される。


 もうどうにもならぬと腹を決め、明日に向け眠る支度を始める。

 シャワーを浴び、湯の張った浴槽にはとっておきの入浴剤を入れ、鼻歌混じりで体を癒す。

 上がってからはシルクの白い寝巻きを着て、しっかりと保湿し、髪を乾かし、アロマを数的垂らした加湿器の電源を付けてからベッドに潜る。


 そして翌朝を思い、不安と期待に塗れたまま静かに眠りにつく。

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