地下都市
「平穏とは、易くないものだな…………」
キビキビと動き、雛姫を撃退すべく作戦の準備に取り掛かる騎士達を見ながら呟くベディヴィア。
指揮を出し終えた後の指揮官はその場から動き回るわけにもいかず、嫌な歯痒さに見舞われていた。
「首尾はどうですか…………?」
「秋臥か………………見ての通り、順調だ。しかし奴は何なんだ。不気味で仕方がない」
雛姫は一度の咆哮を放った後、一切の行動を停止している。
目は閉じたまま、口も裂けて変わらぬ様子。
魔導院の者達が必死に調査をしてはいるが、刺激を与えて度目の咆哮―――または、それ以上の攻撃を放たれてはたまったものではないと、下手な真似は出来ず。
マリーやサレンですら手をこまねいている。
「お前随分と魔力減っているのではないか? 少し補給して行くといい。確かここいらに………………ああ、これだ。」
「これは…………?」
ベディヴィアが倉庫の一角より取り出したのは、瓶に入った薄ピンクの液体。
若干の魔力を感じる。
「ポーション、魔力の回復薬だ―――何を考えているのか、魔導院の者達がここの倉庫を自分達のものの様に使うのでな。ある程度の備蓄はある」
「ではありがたく。もう何本か貰って行っても?」
「好きなだけ持ってけ。私達としては減れば減るほどありがたい」
ならばと、秋臥はポーションをその場で一本飲んだ後に、追加で六本貰いその場を去る―――氷の円盤に乗って宙を飛び、王城内部より地下通路を通って避難所へ。
マリーや魔導院の者達が長い年限をかけて用意した防護障壁によって護られている地下都市―――普段は倉庫や商店街として使われるが、いざとなれば王都に住まう者達を半年は養う程のストックが。
これが、マリー達が避難した後の国民を考慮せず全力で戦闘可能であった理由である。
「秋臥っ! ご無事でしたか? 怪我をしているではありませんか…………私の力が至らぬばかりに避難するしかなく、この様な事に…………香菜の心は張り裂けてしまいそうです………………っ!」
「大丈夫、軽傷ばかりだよ。香菜は怪我もなさそうでよかった―――ついていられなくてごめん」
やって来た秋臥を見つけると、香菜が仔犬のように駆け寄って来る。
涙ぐみながら秋臥に抱きつき、胸板に顔を埋め言う―――秋臥は少し咄嗟に動き過ぎたなと反省しながらも、香菜の頭を撫でて少しずつ落ち着かせてやる。
「すみません、取り乱してしまい…………秋臥、本当に傷は大した事ないのですか? お腹にこんな…………大きな痣を作って」
「ああ、これは敵の気を引くためわざと受けたやつだから。骨も内臓も問題ないよ」
秋臥が言うのは、イベリスによって受けた一撃で出来た傷のこと。
秋臥が空の切れ目を封じてから、フェンディルの攻撃を隠すために自分えと意識を向けた代償―――見た目と痛みこそ大きいが、身体機能に支障をきたす様なものではない。
「これを持っておいて、魔力回復薬だから万が一何かあったときに飲むか、聖七冠の人に渡して。きっと役立つ」
「秋臥の分はあるのですか…………?」
「後三本別に持ってるよ。それじゃあ僕はそろそろ戻るから、気をつけて」
「秋臥こそ、お気をつけください」
「ありがとう、行ってくる」
そう言い残して、秋臥は再び地上へ―――現在秋臥の役割は、魔物残党の狩り。
この後は地下街と地上市街地を繋ぐ道に魔物が入り込んでいないかを確認しながら地上へ戻ろうと考えていた。
だがその矢先、見知った赤髪を発見―――王都に来ているとは知っていたが、一度も会う事のなかった人物だ。
「おーい、ラクルスっ! 無事みたいだね」
「ん? 秋臥か―――お前こそ無事みてえだな。前線でヤってたのか?」
「まあ、ぼちぼち。基本は街を回って救助と魔物討伐だよ」
「最前線だな。敵の親玉はどうなった?」
「退避したよ。でも新しいのが出てきてね、今は動きを見せないから準備時間」
「そうか。地上のどっかにリーニャが居る筈だ。見つけ次第好きに使え」
「ありがとう、戦力はあるだけ助かるよ」
そう長話もせずに、すぐに別れる―――今度こそ地上へ出て、残党討伐の巡回を。
そう思い、空の下へ出たのだ。
秋臥の目に映った地上の景色は、冒険者達が手も足も出せず魔物達に喰われる地獄絵図であった。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




