忍び寄る蛇
「それじゃあ、頼んだよ」
「どの馬よりも素早く駆けよう―――脚として私を選んだ事、決して後悔させぬと誓うぞ」
オーダーメイドの馬具を装備したグリフォンが、馬車を引いて歩き出す。
目指すは王都―――式典に招かれた秋臥は、王都からの向かいによって街を出たラクルスよりも一週間程遅くの出発。
この世界で初めて、香菜との二人旅である。
今回はせっかくなので買ってしまった安い荷台を馬車とし、以前エルフの森に行ったとき程の快適さは無い状態での移動。
一応中にはカーペットを敷き、端には詰めれば二人で眠れる程度の布団も。
簡易的なソファーも置いて、他の荷馬車なんかよりは確実に快適な物となっている。
「香菜、グリフォンの風避けもあるし丁度良い―――馬車を動かす練習しようか」
「優しく教えてくださいね…………?」
「勿論。ほら、隣おいで」
出発から一時間程過ぎた頃、操縦席に香菜を呼んだ。
隣に並んで座った所で手綱を渡して、初歩から丁寧に教える。
「指四本揃えて上に綱を乗せて、親指で押さえる。普通の馬なら歩き出すときに綱で軽く叩いて合図を出すんだけど、今回はグリフォンだから普通に出発してくれとでも伝えれば大丈夫だね」
「はい…………手綱の持ち方は、これであってますか?」
「そうそう。掴む箇所から自分の方に一メートルぐらい、余裕を残して持つののを忘れないでね」
そんな事を言っていると、少し先に分かれ道が。
方角的に向かうのは右の道―――秋臥が香菜の右手を掴むと、軽く引くように動きを伝える。
「…………こうですか?」
「腕の力だけじゃなくて体ごと、腰を回す感じでね。引くってよりかは、走る馬の頭を進みたい方向に向ける感覚で」
上手く道を右に曲がり、暫く道なり―――少しの間香菜に任せて運転を見守る。
十分程経つと、香菜もすっかり慣れたのか体のこわばりが解けて、視界もしっかりと広く確保出来始めた様子。
この辺りで少し休もうかと、秋臥は辺りで昼食の支度を出来そうな場所を見渡し探す。
「少し先に焚き火の跡があるから、そこで止まろう。停止するときは手綱を背後に引くんだけど、これも腕だけじゃなくて体重を後ろにかける感覚でね。急に全体重かけるっていうよりも、ゆっくりじわじわと」
「分かりました。ゆっくりとですね…………」
言われた通りに行動。
これも難なく達成して、狙った位置ぴったりに馬車は停止した。
「お疲れ香菜、上手かったよ。時間も丁度良いし少し休もうか」
「ええ、そうですね―――グリフォンさんの馬具を外してきますね」
「ありがとう。僕は他の支度を済ませておくよ」
香菜が荷馬車を降りて、グリフォンの元へ―――秋臥は昼食の用意だと、中から鍋などを取り出して焚き火跡の側へ。
幸い、石で焚き火を囲んだかまどが残っていたので必要なのは薪と火種だけ。
両方荷馬車に支度がある上、すぐ側に林もあるので薪は側で落ちた枝を拾えば消費も無い。
「香菜、一緒に枝拾いに………………」
そう言いかけて視界を回す途中、秋臥は妙な気配に気づく。
自身の声に振り返った香菜に手で待つ様に示し、単身林の中へ―――葉踏み枝踏み、その気配の元に一直線。
そこには、女が居た。
上半身は人間、下半身は白い大蛇―――裸に白衣を纏い、眼鏡をかけたオールドローズ色のロングヘアー。
そんな個性的なビジュアルの女が、澄まし顔で地面に描いた魔法陣を眺めていた。
「あら、見つかっちゃったわね」
「………………何をしているんですか?」
「坊や達の、監視」
「国からの人………………じゃあなさそうですね」
秋臥は手元に、簡易的な氷のナイフを生成。
即臨戦体制となる。
「お前は、誰だ」
「ナンバーズ、No.2―――メピュラス。聞き覚えのある名前でしょう?」
「ナンバーズ、まさか…………っ!」
瞬時に、秋臥は駆け出していた。
ナンバーズ、エルフの森へと向かう前に香菜を攫おうと現れた組織。
あからさまに放たれていた異様な気配がもし釣りだった場合、狙いは香菜―――自分はまんまと、敵の狙いにひっかかったわけだ。
「蒼燕剣…………ッ!」
二つ、巨大な鏃を組み合わせたような両剣の薙刀を氷で作り出し、林を出る直前に高く飛び上がる。
空中で蒼燕剣を回転させて、充分な勢いを補充。
馬車の側―――香菜達の姿は無し。
その代わり、野盗の様なズタボロの衣装に身を包んだ男達が十人以上。
衣装の割に武器は上等―――ナンバーズの雑兵が野盗に扮していると秋臥は見た。
「お前ら………………香菜を、何処へやったッ!!!」
そう叫びながら、着地と同時に蒼燕剣を地面へと振るう。
腕には魔力で目一杯の強化を施し、蒼燕剣も魔力で耐久力を強化。
その一撃は、容易く辺り一面の大地を砕いてみせた。
「氷紅蓮ッ!!!」
地面に手を当てて叫ぶ。
するとエルフの森で使った魔法同様、地上に現れた氷のクレーター。
否―――蓮の花と同じような形で、巨大な氷の塊が産まれた。
それは荷馬車や焚き火すら巻き込み、野盗姿の敵を捕らえた。
だが、重なる氷の圧によりその過半数は圧死。
生き残っているのは、秋臥に一番近い距離の一人のみであった。
「お前もナンバーズだな? 答えろ、香菜をどこにやった?」
「どっ、どこへもやってねえよっ! あんなのどうやって捕まえろって言うんだっ!!!」
男が絶叫の様な声で言った直後、上空から羽ばたく様な音が聞こえた。
見上げるとそこには、グリフォン―――そして跨る、香菜の姿があった。
「……………………え?」
「お帰りなさい秋臥―――少し驚いてしまいましたが、預けておいてくれたグリフォンさんのおかげで戦闘も必要なく助かりました」
「そっか……………良かったあ」
安心して、秋臥はため息を漏らす。
全身のチカラがどっと抜けて膝から崩れ落ちた所を、グリフォンより降りて来た香菜が両腕で優しく抱き包んだ。
「心配させてしまいましたね…………大丈夫ですよ。私はここに居ますよ」
「ああ、本当に良かった………………首謀者に、後悔させてやらないとね」
取り乱した心を落ち着かせ、香菜から離れ立ち上がる。
林の方へと目を向けると中から女―――メピュラスの気配が近づいて来ていた。
「どう? 終わったかしら〜? 坊や生きてる〜?」
「生きてるよ、五体満足でね」
呑気な声を放ちながら登場したメピュラスの下半身を放った氷で飲み込み拘束。
その瞬間のメピュラスの表情は、何が起きているのか全く理解出来ていない様子―――秋臥が無事な場合など、万に一つも考えていなかったのだ。
「ちょっと何よこれえっ! 放しなさいよ、霜焼けになっちゃうじゃない!」
「この拘束は、すぐに解くよ」
秋臥が氷を砕いて中へと道を作った荷馬車より麻縄と、魔力吸いの魔石を持ってきた。
それを、メピュラスの下半身を拘束して離さない氷の上に置いて見せる。
「ナンバーズ、メピュラス。お前を王都への手土産とさせて貰うよ」
ざっこ…………
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




