酔っ払い魔女
「香菜、僕やらかした………………」
「大丈夫です、秋臥は何も悪くありませんよ―――検問も受けずに街に入る方が間違えてるんです。賊かと思って対応するのは正しい判断です。今回が異例だっただけなんですから、そう落ち込む必要もありません」
リーニャがアリスを検問に連れて行くのを確認した後、秋臥は帰宅。
そして、盛大にへこんでいた。
普段は大人びて冷静なものの、時折漏らす年齢相応のメンタルを見て香菜は紅潮し、ニヤケ顔を隠しきれないまま慰める。
ベッドの端に座り、両膝に肘をついて頭を抱える秋臥の横に並び背を摩りながら、静かに幸せそうに。
「止そう、あんまり落ち込んでも変わらない話だ」
「あら、もう立ち直ってしまったんですか? 私としては…………もう少し落ち込んでいてくださってもよかったんですよ?」
「いや、それは流石にね。変に長々と落ち込んでると、それはそれで疲れるし」
早々に調子を取り戻すと、立ち上がって二度、両手で自身の顔を叩く。
そうして、意識を完全に立て直した。
「ううっ、本当に完全復活ですね…………もう少し落ち込んだ顔を見ていたかったのですが、残念です」
「そう? それじゃあ…………気分転換に、外食でもしようか。時間的にも夕食の準備はまだだろうしさ、どう?」
「それはいいですね、ぜひそうしましょう」
思い立ったが即行動。
充分に体力も回復した香菜を連れてメイドに外食の知らせをすると、二人くだらない話をしながら陽が沈むまでの時間を待った
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「ここいらは治安も良いし、夜の街の景色も中々いいね」
「ええ―――少し見て回って、気が向いた店に入って食欲を満たして。そんな夜のデートを夢見てしまいそうです」
「夢見るも何も、今がそうでしょ」
「そうでしたね。幸せですよ」
そんな惚気をしながら二人が歩いていると、道の向かいより昼間出会った二人が。
ベネティクトおマリーだ。
「おや、秋臥クンじゃないか―――どうも昼ぶり。そっちの可愛子ちゃんは、君のこれかい?」
言ってベネティクトは、一本突き出した小指をピクピクと動かして見せる。
それに対して秋臥は苦笑い―――あまり、得意な絡まれ方ではなかった。
「こんばんわ、さっきは誤解されるような現れ方をしてしまいごめんなさいね。もう手続きは済ませたし、安心してもらっていいわ」
「こちらこそ、早とちりをしてしまいすみません。無事検問を終えられたなら何よりです」
互いに謝罪を交わすマリーと秋臥。
昼間と変わらず眠そうな顔をしたマリーは、意識こそしっかりしているもののゆっくりとしたペースの話し方だ。
「さて、お二人は今から夕飯かな? もしよければどうだい? 一緒になんてさ。おじさん若人二人…………いや、三人にご馳走しちゃうよ〜」
「ご一緒ですか…………香菜、どう?」
「私は今日は充分に構っていただきましたので、秋臥にお任せします」
それを聞くと、ベネティクトは嬉しそうに指を鳴らす。
彼は、してあげたがりなのだ。
「リーニャちゃんにいい店を聞いてね。君達が来た道を少し戻った場所だよ」
言われたままについて行くと、そこは大衆の酒場といった雰囲気の店。
店内は賑わって食欲をそそる匂いを垂れ流していた。
座ったのは、円形で広めのテーブル。
少なかったら後で足せば良いと、いくつかの注文を済ますと暫くはたわいない会話を。
秋臥を何故知っていたのか、エルフの森はどうだったか、多数相手の戦闘は久しかっただとか。
そんな、互いの情報を開示し合うような雑談。
「ベティー、そろそろ何か頼もうと思うのだけれど…………何かおすすめはないかしら?」
「そうだね…………ちょうど話の流れだ。エルフの森で出来た果実酒なんかがいいんじゃないかい? 定番でエールってのもいいが、案外好みが分かれるからね」
「そうなの? なら、それにするわ」
「おーけー。そこのお二人は、お酒飲めるかい?」
「僕はまあ、嗜む程度には」
香菜は静かに首を左右に振る。
この世界に、年齢による飲酒の規制はない―――それを知って、秋臥は自分がこの世界の酒を飲めるかどうか試した。
結果ザルである事が判明―――試しに香菜が飲むと、少しの量で目を回していた。
「そうかい、じゃあ秋臥クンだけでも好きなのを選ぶといいよ。遠慮しちゃあいけないよ」
「それじゃあ、遠慮なく」
差し出されたメニューに目をやる。
真反対の席からベネティクトも酒を選んでおり、秋臥よりも早く選び終えたのか一つ指差しを。
「僕はコニャックかな―――この街のは先代の当主が酒造りに力を入れててね、美味いと有名なんだよ」
「そうなんですか? では僕もそれを」
「若いのに、おじさんの接待の仕方を分かってる子だねえ…………じゃあ、頼んじゃおうか」
ベネティクトが三人分の酒と、香菜の分のノンアルコール果実酒を注文。
それならただの、甘いジュースだ。
すぐに飲み物と食事が届き、皆食事を開始。
酒の味も食事の味も、中々良い店だ。
「お二人は、よく一緒にお食事を?」
「いやね、今日はマリーちゃんが初めてお酒飲んでみたいから付き合って〜なんて誘ってくれちゃってさ。おじさん冥利に尽きるよ、全く」
「それは嬉しいですね」
笑いながら話していると、マリーがベネティクトの服を軽く引っ張る。
「顔が赤いね…………マリーちゃん、もう酔っちゃったのかい? これは、本当に一人で飲ませなくてよかったね」
「酔ってなんかいないわ…………少しふわふわしているだけ、私は平気よ…………」
呂律甘めの口調でマリーは言う。
顔はうっすら赤くなり、体温も上昇―――完全に、酔っている。
「そんな事よりもベティー、タレ目が素敵ね。髪が柔らかいのも素敵よ」
「………………ん? マリーちゃん?」
「どうしたの? その優しい声も素敵よベティー」
酔っているのだ―――だからか、饒舌。
マリーは普段、あまり心の内を話す人間ではない。
口が緩くなっているのだ。
「ほら、水を飲みなマリーちゃん…………弱ったねえ、若い子にこうも褒められるとおじさんはテレちゃうよ」
「そういうと所も可愛らしくて素敵よ、ベティー」
普段とは違う様子のマリーに若干困りながらも、満更ではない様子のベネティクト。
普段から可愛がっているマリーにここまで懐かれているのだ、下心なくとも喜ぶのも仕方がない。
「野暮みたいだね…………香菜、僕達はここで失礼しようか」
「ええ、同意見です。この姿を見ていては、マリーさんに少し悪いですね」
二人は席を立つ。
マリーの言葉から感じる好意を感じ取り、元々二人での食事の予定だったのに割り込んでしまって悪かったなと感じたからだ。
「ベネティクトさん、夕飯ご馳走していただきありがとうございました。今度は昼間にでもよろしくお願いします」
「ああ、気を使わせてしまって悪いね。今度はちゃんと奢らせておくれよ」
「はい、喜んで」
二人揃って小さく礼をすると、店の邪魔にならぬよう即退店。
残されたベネティクトは、体に寄りかかってきたマリーの頭を撫でながら微笑む。
「ベティー、大きな手が素敵よ…………撫でられると、安心するわ」
「そうかい? 僕なんかの手で良ければいつでも」
「本当? 私ね、ベティーがお茶した帰りにまたねって撫でてくれるのがとても好きなの…………」
二人は店の隅、静かに呑んでいた。
追加注文は無く、テーブルにある少しの食事を食べ終えたら退店。
マリーの取った宿が分からなかったので、仕方ないとリーニャの家に預けててベネティクトは自身の宿へと。
未だ日付も変わらぬ、二十二時頃の事であった。
(更新状況とか)
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