師弟
「それでお師匠、一体何をしに来たのですか?」
「まず一つは、久々に弟子の顔を見に―――もう一つは、ルーク坊のお気に入りの子を見に来たんだよ。居んだろ? 加臥秋臥って坊ちゃんがよう」
「秋臥殿がお目当てでしたか。でしたら要件を―――あの二人に会うなら私が窓口ですのでっ!」
「なんだそりゃ、態々貴族お抱えの騎士様通さねえと会えねえ様な高尚な方々なのか?」
「ええ、本日なんかは面会謝絶中ですっ!」
リーニャはひとまず、 ベネティクトを自身の家へと連れ込んだ。
一応は師匠なのである程度信頼しているというのが半分と、変に街を歩いてナンパなどされては迷惑というのが半分。
喋りながらも二人分の紅茶を手際よく用意して、昨晩焼いたマドレーヌを茶菓子に添える。
「マドレーヌだけは相変わらず美味しいのを作るね―――土産に、一つ持ち帰ってもいいかい?」
「愛人になら、すぐそこの店で買った方がいいですよ」
「違うよ〜、師匠を見くびっちゃあいけないなあ。マリーちゃんにね、あの子甘いもの好きだから」
「マリーちゃん? いよいよ幼子にまで手を出しましたか…………」
「違う違うっ!!!」
両の掌を突き出して左右に振り、自身の冤罪を主張するベネティクト。
だがしかし、それを見るリーニャの目は冷ややかなものだ。
「マリー・ジェムエルちゃん、聖七冠二位で、魔導王と呼ばれている子だよ―――彼女、まだ若いのに親元から離れて暮らしてるからねえ。余計なお世話かもしれないが、おじさんとしては気に掛けてあげたいのさ」
「そうですか…………なら、一つと言わず幾つか包みましょう。久々に見直せる要素があって良かったですよ、師匠」
少し微笑んで言うと、紙袋に五つ程マドレーヌを。
テーブルに置き、ベネティクトが取ろうとした瞬間―――ひょいっと、躱す様に持ち上げた。
「あれっ? リーニャちゃん、意地悪は良くないとおじさんは思うなあ〜」
「対価を貰いましょうか」
「ああ、そりゃそうだ―――どれ、おいくら必要かな?」
「銅貨一枚取りませんよ」
リーニャはテーブルに、自身の銀のマスケット銃を乗せる。
師から弟子へと渡すものと言えば一つだろうと言わんばかりの、圧を放って。
「どうやら、僕が間違えていたようだね―――この街のギルドに動けるスペースはあるかい?」
「ええ、最近剣聖が使ったばかりですよ」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
冒険者ギルド鍛錬場―――以前ルークが秋臥と手合わせをしていた際は入口を封鎖していたので見物客は皆無であったが本日は違う。
その四角形の空間を囲む柵の外には、生で聖七冠の戦いを見ようと集まった冒険者達が集まっていた。
ベネティクトもそれが嬉しいのか、見物客達―――主に女に向かい手を振っていた。
「さて、始めましょうかっ!」
「ああ、おじさん頑張っちゃうよ」
そう言って取り出したのは、ロングバレルのリボルバー式魔道銃。
薬室をななぞる事によって、直接指先から魔力を込め弾丸とし、シリンダーをセットすると一度ハンマーを下ろす。
「相変わらず、旧式の浪漫ですか…………?」
「男子だからね―――浪漫を捨てちゃあ終わりさ」
リーニャが使うのはいつも通り、銀のマスケット銃。
衣装もすっかり普段の軍服へと着替えて、完全な臨戦体制だ。
「互いに銃手、それらしく始めようか」
そう言って、銅貨を一枚取り出して指で弾く。
空中で回転しながら天へと昇り、上空三メートル地点を頂点に。
そこからは落下を開始して直後、地面へと転がった。
それと同時であった。
リーニャが三度発砲―――それから0.002秒後に迎撃。
無造作に下げて持っていたリボルバーを、リーニャの発砲を確認してから悠々と持ち上げ、即座に魔弾の軌道を把握し、同じく三度の発砲をしたのだ。
魔弾同士がぶつかり合い、互いの魔力が混ざり合うと破裂。
不純物である相手の魔力が混ざった結果、個人百パーセントによって構成されていた弾丸の形を保てなくなったからである。
「忘れてないだろうが、おさらい―――魔弾の速度、貫通力は当然ながら魔道銃の性能×魔力凝縮技術によって決まる。リーニャちゃんの使うマスケット銃が僕の旧式リボルバーなんかよりもずっと高度な魔弾構成術式を積んでいるにも関わらず、弾同士の衝突はリーニャちゃん側。何故だか分かるね?」
「まだ、及びませんか………………っ」
「一先ず免許皆伝はお預けだね」
下唇を噛みながら、リーニャが構える―――そして今度は、多めに魔力を込めた一発を作り、発砲。
放たれた瞬間空中で魔弾が分解され、十三発の魔弾へと変貌。
薬室が六つのリボルバーでら落とし切れぬ数だが、依然ベネティクトが動じることはなく。
「どれ、少し師匠の凄いところを見せてみようかな」
手元に魔力の塊を十三個生成―――一見無造作に、されどその全てが、放たれた魔弾の軌道を塞ぐ様に放られていた。
如何にベネティクトのリボルバーが古い型とはいえ、魔道銃の魔弾構成術式を通さない凝縮魔力の力など高が知れている。
リーニャもそれが分かっていたからこそ、腹が立った。
分かっているのだ―――単なる凝縮魔力の脆さと同時に、己の師がそれを知らないわけがない事を。
普段こそふざけた人間だが、人を育てようというときに出来るという確信のない事を遊び半分でやる様な人間ではない事を。
そしてベネティクト・カマンガーが冒険者達の最高峰、聖七冠の一人である事を。
「リーニャちゃん、昔から弾作りは苦手だったねえ」
「っ………………少しは、上手くなったと思っていたのですがね…………」
「少しはね」
ベネティクトはリーニャの側まで歩み寄ると、マスケット銃のバレルに掌で触れて銃口を下げる。
手合わせは僅か二度の様子見で終了したのだ。
「ルーク坊の持ち帰った記録を見たが、秋臥とかいう坊はまだリーニャちゃんより弱い―――が、きっとすぐに抜かされるよ。魔法の扱いに慣れてしまえば、瞬く間にね」
「…………私が、秋臥殿より強くある理由はありませんよ。彼も私と同じ、何かあればラクルス様を助けてくれる心強い友ですので」
「もしそいつが、リーニャちゃんの大事なラクルス様を殺したならば君はどう言い訳するつもりだい?」
リーニャが抑えられたマスケット銃の代わりに、先程も門で使った小型の拳銃を抜き、ベネディクトの喉元に銃口を当てた。
弾倉にはしっかりと魔力が込められ、引き金には指がかかっている。
「それは、彼への侮辱でしょうか…………?」
「いや、優先順位を決めろって話さ。大事なご主人様とお友達―――どちらか一つを選ぶ日が来たら、一瞬の迷いが命取りだよ」
おふざけなどない、低い声で言った。
それを聞いたリーニャは眉間に皺を寄せながらも銃を引く。
銃口には魔力の蓋が付けられていた―――ベネティクトの魔力。
もし撃てば魔力の逆流が起き、吹き飛んでいたのはリーニャの手だったであろう。
「お師匠、こちらに居る間だけでも良い―――どうか、また面倒を見てはいただけないでしょうか」
「元々、そのつもりだよ」
その軍服に恥じぬ態度―――両足を揃え、深々と礼をしたリーニャの頭をベネティクトが撫でた。
昔弟子入りを志願して来た日と全く変わらぬ風貌のリーニャの頭を、昔と同じ様に。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




