リーニャの休日
エルフの森から戻り数日、リーニャには休みが与えられた。
自身への報奨として与えられた金は全て領の復興へとラクルスへ渡してしまったので、せめてもの礼としてだ。
「どうしたものですかねえ〜」
呟く―――休みを与えられたは良いものの、リーニャは一日中部屋でダラダラと過ごせる性格でもない。
愛しのメイド長も、他のメイド達も、今日は平日―――相手になってもらおうにも業務中に邪魔をしてはいけないと外へ繰り出した次第だ。
「ややっ? 屋台街ですか…………昔はお母さんとよく来ましたねえ」
屋台が並ぶ道へと入る。
この辺りは通称屋台街と呼ばれ、誰でも自由に店を出す事を許された土地。
常に兵の見回りもあり、その安全性から街の親子連れも多く見られる。
「あれ? そこに居るのはリーニャちゃんじゃないのかい?」
「そちらこそ、そこにおいではカーメラスさんではございませんかっ?!」
カーメラス―――この街で産まれ、育ち、現在一児の母。
リーニャよりも十個年上の四十一歳だが、昔から姉の様に親しくされていた人物だ。
「今日は何を売っておいでで? っと…………イヤリングですか?」
「ああ、最近は子供も大きくなって服を編む機会も無くなってね。手持ち無沙汰なのさ。だからこうやって、小物を作ってる」
「相変わらず器用ですねえ…………やっ、こちらは髪飾りっ! どうです? 似合うでしょうか…………?」
赤い糸で編まれた髪飾りを、自身の後頭部に当てて見せる―――するとカーメラスは、別の緑の髪飾りをリーニャの頭に当てた。
「普段あんたが来てる緑の軍服とも揃うし、こっちのが良いんじゃないのかい?」
「いえいえ、コレは今の様な休暇用ですっ! 私とて乙女…………少しはオシャレに気を使うのですよ?」
そう言うリーニャは、確かに普段とは違う格好。
普段の若葉に紛れる緑の軍服を脱ぎ、薄手のシャツにベージュのジャケットと、それに統一された細い形のパンツ。
胸には小さなカプセルの付いたネックレスが光っている。
シルク素材もあって一見レディーススーツの様だが、普段と比べてみればボタンも外して随分とラフ。
この姿がリーニャの、休日モードなのだ。
「私服なら…………まあ赤でもアンタには似合うだろうね。よし、一つ包もうか?」
「よろしくお願いしますっ!」
持ち歩いている、小さな財布から銅貨を六枚ほど取り出して手渡すと、包装紙に包まれた髪飾りを受け取り店を去る。
それからフラフラと暫く歩くが、目が止まる店がないまま道を抜けた。
昼食と言うにも、既に家で軽く済ませてしまったのでこれ以上は要らない―――そんな事を言っていると、少し離れた位置に面白いものを見つけた。
最近引っ越したばかりの、親友の家―――リーニャは足早に駆け寄ると、最近王都から派遣されて来た門番に自身の素性を明かす。
門番の一人が屋敷の中へ―――更に中継として、こちらも王都から派遣されて来たメイドに話を通す。
それから玄関まで移動して五分程待つと、家の主が―――もう昼間だと言うのに随分と薄着で出て来た。
「こんにちは、何かありましたか? リーニャさん」
「いえいえ、特に大それた事は―――少々お暇を頂いたのですがやる事がなく、もし香菜ちゃんに時間があれば共にお買い物でもっ! と、思ったのですが………………何かしていましたか?」
やって来たのは、秋臥と香菜の新居。
一人では歩き飽きてしまったが、親友と居ればもう少し違うだろうと思いショッピングに誘いに来たのだが―――香菜は少々汗ばんでいる。
何かあったのだろうかと思い尋ねると、その香菜は少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに答える。
「その…………こちらに来て少々忙しく、余裕もなかったし、宿屋だとあまり声も出せなく遠慮気味だったので…………今日は一日かけてじっくりといじめて貰おうかと………………ね?」
「ああ、通りで………………それはお邪魔してしまいましたね。失礼しますっ!」
僅かに、膝も震えていた。
薄着と汗の理由も同時に理解すると、足早に屋敷から撤収。
若い割には随分と殺伐とした空間に慣れている二人だとは思っていたが、案外若者らしい乱れ方もしているのだなと思いながら屋敷を後にした。
「いやぁ、しっぽり中だったとは想定外っ…………少し街の中心からは離れてしまいましたね…………」
辺りを見渡すと、街の端―――すぐそこでは、門で審査街の行列が出来ている。
慌てて屋敷から飛び出したとはいえ、少し離れすぎたなと反省しながらもこの後の予定を考える。
すると突然、門の方向より兵の焦った様な声が聞こえて来る。
少し近づいて見ると、何やら中年の男が審査をしていた兵と揉めている様子。
足止めにとクロスされた槍をなんとか越えようとしている様子から荒事と判断して、リーニャも加勢をしようと背中へ手を伸ばす。
そこで気づいた―――今日は休日、マスケット銃は持ち歩いていないのだ。
少し威力は落ちるがと、腰に隠し持っていたCOP-357によく似た小型の拳銃を取り出す。
仕組みは普段と同じ―――弾倉に魔力を込め、弾丸とするだけだ。
「さて、悪いお客様にはお仕置きですよ…………っと!」
放たれた魔力弾は、銃の性能もあってそれ程の破壊力を持たずにゴム弾の様な性質を。
無事中年の頭に命中してパンっと、弾ける様な音を出した。
「命中っ! さて何があったのですか? 説明を」
「リーニャ様! これはありがたい…………丁度こちらの男が、リーニャ様に合わせろと言っておりまして…………身分証のギルド登録証も忘れたと言うのでどうしたものかと」
「そうですか、ご苦労。ではここは私に任せて引き続き仕事を真っ当してくださいっ!」
「ハッ!」
リーニャの言葉に、兵の二人は揃って返事。
それから即、行列の整理を再開した。
倒れた中年男の足を引っ張り、門の端へと移動。
行列からの視線が刺さるが、そんな事は気にしない。
「さて、身分確認〜。私に御用と聞きましたが、どこのどなたでしょうか…………?」
独り言を溢しながら、うつ伏せの男の髪を掴んで引っ張り顔を覗く。
「ややっ?! これはお師匠ではありませんかっ!」
「ややっ?! じゃないよ〜! 撃つ前に確認してっ! 僕ももう結構な年なんだから、死んじゃうかも知れないよッ!!!」
「何を言っていますか、どうせ変わらず女ったらしなのでしょうっ?」
「年とっ! 女たらしはっ! 関係ないっ!!!」
そう張り切って行った中年男。
聖七冠五位、星墜―――名を、ベネティクト・カマンガー。
この国でも随一の女好きで、世界随一の銃手である。
「いててててっ、ねえリーニャちゃん…………お師匠禿げちゃうから、髪の毛引っ張るのやめてくれない?」
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




