愛の巣
「ルークさん、こんにちは―――来てらっしゃったんですね」
「やあ秋臥くん。丁度帰る所だよ」
旅の途中、会話が増えたリーニャと香菜は簡単な森での報告を済ませるとリーニャの私室へ。
残された秋臥はルークへと簡単な挨拶を。
だが、すれ違いであった。
「思った通りだ―――いいよ、僕を頼るといい。ラクルスさんから手配された宿は君と同じ。フロントに僕の部屋を聞いておいで」
「…………お見通しですか?」
「年上だからだからね。僕が君に、選択肢を示そう」
それだけ言い残すと、ルークも退室。
部屋にラクルスと二人だけで残された秋臥は、ソファーへと座ると息を漏らす。
「疲れてるみてえだな―――どうだった? 今回の仕事は」
「何で言えばいいか…………頂点を、垣間見た気がしたよ」
「そうか、族長の戦いを見れたのか」
小さく笑うラクルス。
それから一つ気づく―――エルフの森を経ての、明確な変化に。
「お前、話し方変わったか?」
「こっちのが良いって言われて、親しい人にだけね」
「親しい、なァ…………俺は貴族様だぜ?」
「でも、ダチなんだろ? 外からも迫力のある声が聞こえてたよ」
言われると、ラクルスは舌打ちを一つ。
それから諦めるようなため息を溢すと、手元にある書類を秋臥の方へと滑らす。
「これは……?」
「今朝、王都より届いた。エルフが通信魔法によりクロニクル加入宣言―――今度それの加入式が行われるって手紙だ。そんで、その立役者であるお前を呼ばねえわけはねえよな?」
「成る程………………いつやるの?」
「今から準備を進めて、早く見積もって半年後。まだ開催が決定したって状態だ、気長に待ってていいが頭に入れとけ」
「半年後ね…………了解、それなら僕のやりたい事をする時間もありそうだ」
「やりたい事? なんかあんのか?」
「もちろん」
秋臥は袖を捲り腕を曲げ、力瘤を見せるようなポーズ。
細身ながらしっかりと密度の高い筋肉を搭載した腕だ。
「少し、鍛え直そうとね」
「お前、今のままで充分強ェだろ…………どこ目指してんだ?」
「ルークさん」
言うと、口が弾けたようにラクルスは笑う。
あのルークを目指すなどと言う人間、酔狂なら兎も角正気で本気ならば牧師の下事情よりも見ない。
それ程にルーク・セクトプリムとは逸脱、超越した人間なのだ。
「あ―――理由を聞いてもいいか?」
「これは僕の持論だけど、敵を殺すならば一歩秀でた実力を持てば良い。敵を捉えるならば一・五倍秀でた実力を持てば良い。敵から人を護るには二倍秀でた実力を持てばいい―――僕が目指すのは、その二倍だ」
「護りてえんなら、敵から一歩秀でて殺せば良いんじゃねえのか?」
「防衛戦は、背後にいる誰かを護りながら―――つまり、敵以外を意識しながらの強制的な片手間の戦いが強いられる。だから二倍だ」
納得したように頷くラクルス―――その納得には秋臥の言葉に対して意外にも、先程のルークの様子に対する納得も含まれていた。
「そろそろ帰ろうかな…………前の宿部屋空いてるかな」
「おぅ、それならちと待て」
言うと、ラクルスは立ち上がり机の側から離れる。
別の棚を開けると、中から鍵を一つ―――それを、秋臥へ向けて投げた。
「っと、これは…………?」
「今回のクロニクルエルフ加入。当然お前にも報奨が出た―――このエルモアース領は、元からリーニャの存在もあってエルフとの交流が進んだ土地だった」
種族奴隷廃止となって五十年―――現在でも、老骨の多い貴族は身近にエルフを置きたがらない。
その点リーニャを騎士として側に置くラクルスの存在は貴重。
種族間交流において、強い手札であった。
「故に、この土地へは王族も時折出向いていた―――その際寝泊まりに使う別荘、それをお前にくれてやるとの事だ」
「王族の、別荘………………は?!」
「おーおー、驚いてやがる。事の重大さは分かってるみてえだな」
珍しく露骨に驚きを見せた秋臥を面白がるラクルス。
だが、驚くのも無理はない―――元の世界の、日本の基準で言えば、王族の存在は天皇とほぼ同等。
この国の歴史がどれ程か秋臥が詳しく知っているわけではないが、例え歴史が浅くとも王族は政治という点において莫大な権利を持っている。
それが使っていた家を、譲ると言うのだ。
驚くなと言う方が、無理がある。
「最近は来てなかったからな…………久々に掃除入れるついでに中身に行ったが、凄かったぞ〜。外から見るだけで元々俺が住んでた屋敷と同じような広さだしよ、風呂は付いてるわ台所はどれも最新型だわ、俺が住みてえぐらいだ」
「そんなに…………大きい功績になるとは思ってたけど、エルフ族の加入って…………やっぱ凄いんだな」
「勿論それもだろうが、族長さんの報告内容にあった戦闘もデカいだろうな―――随分と活躍したそうだな、聞いたぞ」
「活躍…………まあ、途中保たせただけなんだけどね」
「それは終盤だろ? 敵の大元の撤退だとか、兵隊長の命を救ったりだとかはお前の功績だ。そんな功労者が宿暮らしだってんなら、王族が別荘差し出すのも無理はねえよ」
理由の理解はしつつも、驚き惚ける秋臥。
そんなとき背後の扉が、二度ノックされ開かれた。
「大きい声が聞こえたのですが、どうかしましたか? 」
「…………香菜か。ごめん、ちょっと驚いただけだよ」
「何かございましたか?」
「今回の功績を見て、王族の使っていた別荘を我が家として頂いたらしくて…………」
「なんと、愛の巣ですね」
香菜はあまり驚いていない様子。
それを見て自身も冷静を取り戻した秋臥は、一度深呼吸をすると鍵をポケットへしまう。
「もう行くんなら案内を出させるぞ」
「いや、一度ルークさんの元に顔を出してから行くよ。その後に頼む」
それだけ言うと、一つ会釈をして退室。
香菜も秋臥に続くようにぺこりと頭を下げると、共に帰って行った。
(更新状況とか)
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