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エルフの母

 サレンの魔法により、戦いは終わった。

 最初に焼かれたエルフ兵達の骨は、残念ながら魔物の骨と混じってしまい回収は不可能。


 遺族への説明と謝罪を経て、魔物の骨と共に処理された。


 エルフは人間よりも魔力感知に優れており、戦闘中の秋臥達の様子を感じ取っている者も多かった。

 それにより、エルフ達には味方の人間も居るという共通認識も生まれつつあり、この森に滞在していた理由である自身らの安全の証明も完了。


 この森でやる事も、いよいよ大詰めといったところだ。



「香菜ちゃん、なかなか起きませんね…………」



 あの戦いから三日、戦闘終了に突如倒れた香菜を寝かせたベッドの傍で、リーニャが言った。


 戦闘中、香菜への攻撃被弾は一度たりともなかった―――しかし、体内は酷いもの。

 筋肉は千切れ、内出血を起こし、軋む全身を自身の糸でマリオネットの様に動かしていた跡が所々に。


 元々肉体が戦闘用に出来ていた様な秋臥とは違う―――香菜の身体能力は、元々凡人レベル。


 それを魔力で超人レベルまで強化して、その上肉体が動かなくなれば痛みに耐えながら表情一つ変えず糸で操縦など―――今の結果は、起こるべくして起きた事態なのだ。



「秋臥、居るか」


「ああ、どうぞ入って」



 部屋の外から声。

 入室を許すとバツの悪そうな、申し訳なさに塗れた表情のリリスが部屋へと入ってきた。



「この度は、申し訳ない…………私達の森を護る為に、お前の恋人を危険に晒している…………」


「気づけなかった僕の責任もある。リリスさん、貴女は自分の住処を護っただけだ―――僕も香菜も、魂胆こそあれどこの森ために戦った。感謝こそされど、謝られる筋合いはないんだよ」


「そうか、すまない…………いや、恩に着る」


「それでいいんだよ、きっと香菜もそっちの方が喜ぶ」



 少し安心した様な表情を浮かべると、次はリーニャへと視線を。



「姉々、少し外に出ていてもらっても良いか?」


「むむむっ? 私抜きでナイショバナシでしょうか…………まあ良いでしょうっ!」



 リーニャが退室。

 するとリリスは収納用の魔道具から一つ、弓を取り出した―――族滅の黒弓、初めて見たときから秋臥は、コレがバグアイテムだと気付いていた。


 それ程に、この弓が放つ魔力は禍々しい。



「秋臥、この弓はなんなのだ―――今ならば冷静に聞ける、以前はすまなかった」


「良いですよ、僕も少し急ぎ過ぎた」



 言いながら、どこから話したものかと悩む秋臥。

 そう易々と異世界から来たこと、神ラジェリスにバグアイテムの回収任務を任されたことを伝えて良いものかと。



「その弓は(ことわり)を無視した、世界の例外的なアイテム―――僕達がバグアイテムと呼び、回収して回っている物なんだ」


「バグ、アイテム………………?」



 この世界に、未だ電子的な意味でのバグという言葉は存在しない。

 リリスからすれば、一切耳馴染みのない言葉だろう。



「その武器は、古エルフ語での命令に従い特殊な矢を放つ弓で合ってるかな?」


「ああ、その通りだ…………」


「なら例えば、使用者の魔力次第では一撃でこの星を割れるんだよ、その弓は―――バグアイテムっていうのはそんな、世界を壊す可能性がある上にどこからともなく自然発生した武器の事なんだ」


「成る程…………ならば、安心して良い。私は魔力が少ない方でな穿てとの命令を込めても星の反対までなど魔力は保たん」


「もし、リリス以上の魔力の持ち主に奪われたら?」



 リリスは眉を顰める―――それもそうだろう。

 この秋臥の発言は、戦士への侮辱も同然。

 戦う相手が今いるわけでもないのに敗北を前提に話を進めるなど、屈辱以外のなにものでもないのだ。



「…………もし、これをお前が手に入れたらどうするつまりだ?」


「破壊する。専用の手順があるんだ―――なんなら、目の前でやって見せるよ」



 手順というのは、ラジェリスがこの世界での常識などと共に秋臥達に与えた知識の一つ。

 以前ゴルシアを討伐した際は香菜が一人で(おこな )った。



「………………ならば、この弓はお前に渡そう。今言った言葉、違えるでないぞ」


「ありがとう―――早速準備に取り掛かろう。場所は…………あの場所にしよう」




 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘




 やって来たのは、二人で弓の鍛錬をしていた湖。

 拾った木の枝で円を描き、その中に模様を―――秋臥は、魔法陣を作り上げた。



「この模様が魔力回路で、真ん中にバグアイテムを置いて魔力を流すと破壊出来る」


「魔法陣か…………古い技術ではあるが、その効力は個人が即席で使う物を超える。理にかなっているな」



 リリスが魔法陣の中心に、族滅の黒弓を置く。

 じゃあと一つ言って、秋臥はしゃがみ込んで魔法陣に手で触れ魔力を流す―――だが、効果発動しない。



「………………あれ?」


「あなたの魔力が回復しきっていないから足りないのよ」



 どこか間違えていたかと考え始めた瞬間、少し離れた位置から声が。

 サレンだ―――何故族長が町の外れのこんな場所へ? などと考えていると、サレンは魔法陣にそっと手を添えた。



「貴方、ラジェリスの遣いなんでしょ? ならば今回は手伝ってあげる」


「ラジェリスを知って――――――」



 秋臥が言いかけた瞬間、サレンにより注がれた魔力で魔法陣が輝く。

 中心に置かれた族滅の黒弓が、端から灰に―――ほんの十秒程度で、完全に弓の形を失った。



「終わりね。私もこの弓については気になっていたの―――丁度良いタイミングで処理出来てよかったわ」


「サレン様、お気付きになられていたのですか………………?!」


「ええ、随分と前からね」



 俯くリリス―――まるでズルがバレていた子供の様な、悔しさと不甲斐なさと申し訳なさが混ざった表情だ。



「リリス兵隊長、下を向いている暇はないわよ―――反省をするなら行動で示してちょうだい」


「しかし、私では役不足かと………………」


「ダメよ、そんな事を言っては」



 リリスの口を手で塞いで言うサレン。

 その幼女然とした容姿とはかけ離れた慈悲深い母の様な微笑みを浮かべると、軽く手を引いてリリスをしゃがませる。

 そして、頭を抱き抱えた。



「私が貴女を兵隊長へ指名したのは、あの弓を見つける前よ―――私はあの黒弓ではなく、貴女を信頼しているのよ」


「サレン様っ…………!」



 リリスの声は震えていた。

 あるいは涙を流していたのかも知れない。


 しかしそれを全て覆い隠す様に、サレンは自身の小さな胸でリリスを包み込んだまま頭を撫でる。



「大丈夫、貴女は出来る子よ―――二十万年生きて来た私が言うんだもの、間違いないわ」



 二人は十分ほどそうしていた。

 終わった頃には恥ずかしさからリリスは黒エルフ特有である褐色の頬赤くして、先程までとは別の理由で俯いて。

 サレンは変わらず、慈愛に満ちた母の様な表情であった。




 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘


 


 巨大樹最上階―――元の椅子へと戻ったサレンから見て斜め前上空の空間に四角い穴が。


 その先には冥国の文化に基づいた部屋の風景と、過去目にした確固たる“力”が座していた。



「あら、ラジェリスじゃない―――久しぶりね」


「サレン、ヌシは相変わらずのちんちくりんじゃの〜」



 竜種の姫、この世界の創造神であり最高神、秋臥達をこの世界へと送り込んで来た張本人であり、サレン因縁の相手。



 「儂に挑んで勢力の八割を壊滅させられた割には、随分と安定して増えたものじゃのう」


「貴女から解放されて一万年程、頑張って子供達を増やしたせいで出産の痛みすら苦ではなくなってしまったわ―――まるで歯が立たず腹立たしさしかない戦いではあったけれど、それだけは徳と思う程にね」


「まるで歯が立たぬとは―――ヌシの生命魔法で一手目にして儂の寿命五十億年分を奪ったくせによくいうわい。それとも何だ? 歯が立たぬとは儂に屈服した後の、嬌声を上げた日々よ事を言っておるのか?」


「寿命と共に記憶をも奪ってしまった様ですね…………後の事で無様を晒した覚えはありませんよ」


「アレは寿命を奪った後じゃろ―――それはそれとして、覚えがないのは記憶がトんでしまっているからではないのか?」



 その言葉に、サレンは少しムキになり始めた。

 今座ったばかりの椅子から立ち上がり空間の窓に強い視線を注ぐ。


 

「良いでしょうこちらに来なさい、すぐにでも試してあげましょう」


「ノった! 丁度冥国で代官達を揶揄いながらの放浪にも飽きておったところじゃ―――今から向かう故臆して逃げるでないぞ…………?」


「ええ、人払いでも済ませておきましょう」



 十七万年前、今とは違い大人の肉体を持っていた頃―――強さに飢えたサレンは人間と交わり自身の子達で勢力を作り、激動の時代を戦った。

 個人で世界に存在した神の九割を殺し、自身も半神へと至った頃、その暴れ具合に見かねたラジェリスが世界の外から顔を覗かせた。


 二人の戦いは三日三晩続き、今となっては神話とされる程―――初手で五十億年、その後の攻撃を含めると合計百七十億年の寿命をラジェリスから奪ったサレンであったがそれでも尚、無限の寿命を持つラジェリスを殺すには至らず。

 加勢に呼んだエルフ達の八割を潰された頃に、千年間サレンが自らの体を差し出す事を条件に許してくれと降伏の道を選んだ。


 その千年間、サレンのやらされた事と言えば毎日を埋め尽くす様なまぐわいばかりであったが、稀に別の仕事もあった。

 

 それは、バグアイテムの破壊―――つまり、今の秋臥と同じ業務であった。

 現在破壊に使われる魔法陣だって自力でバグアイテムを破壊可能であったサレンが、いずれ現れるかも知れない後任のために作り上げたもの。


 サレンはラジェリスを待つ間、その事を思い出し小さく笑った。



「繋がっているものね」

ふしだらな母と笑いなさい



(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)

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