煉獄の狼煙
「森全域の警備配置完了ッ! アーチャー隊全五十名、所定の位置にて待機しておりますッ!」
「巡回部隊第一波が帰還、現状異常は見当たらずッ! また森外部も変わらず異常見当たらずッ!」
「監視塔にて魔力の歪みを感知ッ!!! 南西部、三十六番地ですッ!」
エルフの兵が揃う広場にて、指揮官であるリリスに対して情報が飛び交う。
その中に一つ有用な物が―――リリスはそれを聞き逃さず、即座にその区域の警備担当の名を導き出す。
「三十六番地ならばマリティアが近いな―――周囲近辺三つの部隊を連れて警戒させろ」
「はッ!」
指揮を下すと、リリスは背後からやってくる幾つかの足音に気づく。
振り返ると、そこには秋臥、香菜、リーニャが。
晩の出来事もあり眉を顰めるリリス―――だが一見、秋臥はあの話を引き摺るつもりない様子だ。
「あの事はまた後で―――リリスさん、今の戦場で貴女の心を揺さぶるような事はしないと約束しよう」
「………………そうか、それはありがたい。お前達と姉々は私の指揮下に加わるのか?」
「別の指揮として前線に出て、こちらはこちらで敵を討つ。無論そっちの邪魔するつもりは無い」
「なら良い。健闘を祈っておこう」
それだけ言うと、秋臥達は森の方面へ―――先程放たれて監視等からの報告を耳に入れたのか、ちょうど三十六番地のある方向に。
「これだけやれば不足は無いか…………ヨシッ、整列ッ!!!」
リリスの号令に、兵が列を成し一斉に集う。
兵の全ては冒険者ギルドや他国の軍で弓の名手と呼ばれるような腕前を保持しており、接近戦に於いての戦闘力も一流。
冒険者ギルドならばシルバー級かゴールド級に含まれる実力者が殆どだ。
「僅か三日という短時間での支度、ご苦労であったッ! これより我ら葉隠れの軍勢はフェンリル様の仇討ち及び敵、イベリス討伐を目的とするガルティーナ作戦を開始するッ! 至急の事態だ、未だこの事態を深く理解出来ていない者も居るだろうが、この作戦にはエルフ族の存続がかかっていると言っても過言ではないッ!!! 慢心せず怠らず、誰一人欠けずにまたこの地へと集まる未来を願っている――――――散開ッ!!!」
そうリリスが言い、空高く掲げた手を振り下ろした瞬間であった。
整列した兵の一切を、炎の波が飲み込んだ。
「……………………は?」
「僕もどんぱちには慣れてなくてね―――不意打ちなんて卑怯な手も、許してくれよ」
背後より、声が聞こえた。
今の今まで、攻撃の察知どころか存在にすら気づけず―――目の前には、部下達の肉が焼けた骨だけの死体が転がっている。
「――――――貴様ァ!」
「怒りで思考が鈍っているよ」
即座―――ナタを引き抜き振るうリリスだが、簡単に手首を抑えられる。
一度バックステップで距離を取り、剣の射程から弓の射程へと―――仲間の骨骸を踏み砕きながら、十メートルの距離を取った。
そして、収納魔道具から弓を取り出す―――ハンドルから弦までが一切の光を反射せず、深い黒に包まれた弓。
名を、族滅の黒弓。
弦を引くと、どこからとも無く現れた魔力の矢―――それを単に放つ。
イベリスは飛来したそれを眼前で掴むと、逆にリリスへ向かい投げ返す。
しかしリリスの魔力によって形成された矢だ、出すも消すも自由自在―――空中で魔力は分解され消滅した。
「へえ、面白いね」
「ッ…………|Ligeri NIer《 ラジェリニーア》 !」
族滅の黒弓の矢は、五百年前まで使われていた古エルフ語に反応してその真価を発揮。
【Ligeri NIer】は古エルフ語の、【Ligeri】と【NIer】を組み合わせた命令。
つまりは相手を穿つという概念を命令として矢に込めている。
使い手の魔力と使い方によっては、世界すら容易に破壊出来る力―――故に族滅の黒弓は、バグアイテムなのだ。
リリスの放った矢はイベリスの頭を貫き、後方三百メートルまで一列、全ての存在を消滅させた。
「幻牢の魔剣―――君達エルフの総力と戦うんだ、生半可な支度はしていないよ」
「幻覚かっ…………ならば!」
頭を穿ったイベリスの体は、霧となり消え去った。
そして別の位置に魔道具の剣、魔剣を持ち立つイベリスの姿が。
ならばと弓を天に向けて構え、矢を生成―――次の命令を矢へ込める。
「――――――MelsBormNIer」
そう言い放った矢は【Mels】の命令に従い一本から千を超える矢の雨に。
そして地面に触れた瞬間【Borm】―――半径五百メートルの範囲を、最も容易く森から焼け野原へと変貌させた。
「法防の魔剣―――自身にかかった防御魔法を貫くのを恐れて、Ligeriの命令を含めなかったね?」
「貴様、まさか古エルフ語をっ?!」
「そのまさかさ」
先程とは別の、新たな魔剣を持つイベリスはそう一つ告げると、今度はリリスに急接近―――左手にはまた別の、新たな魔剣が。
「ッ――――――!」
「遅い」
リリスは即座に弦を引き、単なる魔力の矢を作り出し放つ。
しかしイベリスは掌に超高圧縮の魔力を作り出し矢と相殺―――それどころか、残った魔力をリリスの方向へと、衝撃として放った。
「へえ、意識が残ってる―――流石エルフ、結構丈夫だ」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
咆哮―――魔力の歪みが観測された位置にあったのは、魔法によって作られた空間の穴。
中から出てきたのは巨大な牛頭の怪物、ベヒモス。
駆けつけたエルフのマリティア、シフィティー、キャルロッツの体をその一撃で砕き、殺害。
見るも無惨な現場に、秋臥達は駆け付けた。
「釣られた………………早くコイツを討伐して戻ろう」
「ええ、そうですね………………しかし、ここは私にお任せをっ!」
秋臥の言葉に一つ付け足し、リーニャが言う。
銀のマスケット銃に魔力を注ぎ、弾を装填―――秋臥と香菜に先立ち一歩前へと出た。
「この魔物ベヒモス、私の単騎で討って見せましょうっ!」
リーニャ、地味にバカ強いから好き。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




