宣戦布告
「皆、起きろッ!!!」
早朝、家の扉が蹴り開かれた。
力強く叫んだリリスの声に反応して、二つの部屋の扉が開き、それぞれから秋臥と香菜、リーニャが出て来た。
未だ日は登っておらず、外には霧が張っている頃―――突然起こされた三人は、血気迫る表情のリリスを見て何か異常事態なのだと察知。
即座に着替え、リリスに従いサレンの元へ―――そこで待っていたのは、一匹の獣の死骸であった。
「聞くが、これをやったのは貴方達…………?」
「いえ、僕達は今突然起こされたところで、状況を理解しかねています」
「そう…………嘘は、許されないわよ?」
「承知しています…………」
無数の切り傷、打撲跡、焼け跡から凍傷まで、人が思いつく限りの傷をその身に刻んだ獣。
それの正体が神獣、フェンリルである事すら秋臥と香菜は理解しておらず、連れてこられた中ではリーニャのみが強い衝撃を受けていた。
「この、狼は…………?」
「神獣、フェンリル。この森の守護神だった…………にも関わらず一時間前、何者かによって命を奪われたわ」
「犯人に心当たりは?」
「無いわよ、そんなもの…………強いて言うなら、この森にやって来たばかりの、人間の貴方達…………疑わしく思うのが妥当、理不尽だと憤るたらばそれでも良いわ」
「いえ、僕も貴方の立場なら真っ先に疑う」
睡眠時間が足りていないのか、うとうととして秋臥の肩に身を預ける香菜を支えながら言う。
今一番怪しい自分達の、完全なる潔白を証明する方法―――一番単純な方法は、犯人の確保だろう。
だが見当もつかない―――そう思っていると、サレンが床から杖を生やして立ち上がりローブを羽織る。
「ひとまず、魔力痕の確認へ行きましょう―――大人数で行っても、魔力痕が乱れて邪魔ね。確か…………秋臥だったかしら? 貴方だけついて来ないさい」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
魔力は、万物に宿るとされている。
例外はあらず、道端も草木や小石にすら、魔力は含まれている。
当然、それは生命にも。
生き物が通ったあとには、多少なりともその者の魔力の痕跡が残る。
それが魔力痕―――卓越した魔力操作能力を持つもののみが感じ取ることが出来、捜索などでは膨大な情報をもたらす要因となる。
現状世界で魔力痕を探れるのはサレンと、聖七冠の序列二位、魔導王マリー・ジェムエル、序列三位、冥王メイス。
その他魔術院総裁や、先代聖七冠一位、ナンバーズNo. 1など、実力として世界の上澄と言われる者たちのみである。
「フェンリルと戦った者は一人。武器は剣…………いえ、魔剣ね。しかも使い捨てで相当な数…………格納用の魔道具でもあったのかしら?」
戦場となった一帯は、酷い有様―――魔力痕など探れずとも、激しい戦いであった事は瞬時に見て取れる。
焼けた草木や、砕けた大岩―――地面には抉れたり斬撃跡が残っていたり、氷の杭が所々刺さっていたり。
一つの属性どころではない―――無数の手数を周到に用意していた、計画的な襲撃だ。
「種族は人間…………いえ、少し違うわね。でも分からないわ。知ってはいるのだけど…………嫌な感覚ね」
「犯人の現在地などは?」
「分からないわ。戦闘後には探知阻害の魔道具でも付けたのでしょう」
「そうですか…………じゃあ、もうこの森には残って居ない可能性もありますね」
「いえ、そうでもないわ」
サレンは、巨大な血痕が残された位置を指差す。
その側にもう一つ、別の血痕も残されていた。
「大きい方はフェンリル、もう片方は襲撃者のものと結果が出たわ―――フェンリルの遺体の側よ、最後に一矢報いたのね」
「この負傷では遠くへの移動は無理ですね…………森全体と、外への警備は?」
「一班五人に振り分けて、八十人体制で外への逃走―――逆に侵入の警戒を。他二十人で、中の警備をしているわ。班のリーダーにはそれぞれ、通信用の魔道具を持たせてる」
「リーダーにです…………通信兵の、足が速い者にではなく?」
「戻ったら変更しましょう―――他に何かアドバイスはないかしら?」
「そうですね…………警備には秘密の状態で、警備に対する見張りをつけましょう。疑うのはお辛いでしょうが、内通者の可能性もあります」
「信頼できる者を選んでおくわ、ありがとう―――指揮の経験があるのかしら?」
「…………ええ、昔に」
そう言っていると、一瞬サレンが眉を顰める。
魔力痕の観察を続けていたおかげで秋臥よりも早く、近づく魔力の存在に気づいた。
秋臥も遅れて気づく、敵は一人。
瞬間―――サレンに、どこからか首輪が嵌められた。
鎖は無いが、強い魔力を感じる―――魔道具だ。
秋臥から見て即分かる効果は無いが、サレンは何やら驚愕した表情。
「いやあ―――つまらない手段ではあるけど、一回限りだからね。貴女が居ると…………ほら、ゲームバランスが崩れるだろ?」
相手の男は言う―――秋臥は即刻警戒体制。
ここに来る前一つ打っていた対策を早速利用しようと、ポケットからとある物を取り出す。
香菜に作ってもらった、固いワイヤーのような糸。
それをぴんっと一本の線のように伸ばすと、それを目印に氷を形作る。
魔法によって生成される物質は通常のソレではあり得ない性質を持つ。
風の刃が敵を切り裂き、炎の壁が砲丸を堰き止める事だってあるのだ―――氷にどの様な性質があろうと、不思議はない。
例えばしなる氷があろうと、不思議はない。
「魔弓、青羽将――――――」
弦以外の一才を氷とした、弓を生成―――もう片方の手に氷の矢を作り出すと、即座に構え弦を引く。
そして、無言で放った。
しかし生成の正確性が低く、矢は思った通り直進とは成らず。
弓の形も矢の形も、歪なのだ。
「そう怖がらなくていい―――今日は君を殺しに来たんじゃない、宣戦布告に来たんだからさ」
そう言って、男が姿を現した―――白いシャツに、広いネックの黒セーター。
丸メガネに銀のピアスと、元の世界の大学生にでも多そうな身なりの男。
顔は少し女性的であるが、男―――張り付いた怪しい笑みが話し方にフィットして、胡散臭さを醸し出している。
「三日後だ―――僕、イベリス単身でこの森を潰して見せよう。ラジェリスの使者よ、君が生き証人だよ」
「ラジェリス…………お前それをどこでっ!」
そう叫び、問い詰めようとして距離を詰めた瞬間―――男、イベリスの体は霧となり、辺りへ霧散して消えた。
敵の消えた森は僅かな夜の静寂を取り戻し、一見何事もない平穏のように見えていた。
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