神位の獣
「まだ三日だと云うのに、随分と様になっていたな」
「そう…………?」
指の皮が剥け、血が滲んでいる。
それが治り、また剥けて、それを繰り返して弓を引く手が出来る。
リリスの言う弓矢は手に馴染ませる技というのは、ただ的に当てる為の繰り返しだけが含まれているわけではない。
「そろそろ的の位置を変えるか―――敵は真っ直ぐにしか動かない物体じゃないからな」
「…………それは?」
リリスが取り出したのは、数本の紐の束。
身軽に高い木々の枝へ飛び乗ると、一つの枝に一本ずつ。
合計二十本程の紐を括り付けた。
「前に都へ出た際に買った魔道具だ。魔力を込めると、吊るした先端にシャボン玉を作り出す―――シャボン玉はぶつかり合うと反発して、それ以外で強い衝撃を与えると割れる。割れたら五秒で復活して、それを込めた魔力が尽きるまで続ける」
「大体、趣旨は分かったよ」
「そうか、なら始めるぞ」
秋臥に向かって六十本の矢が詰まった筒を投げると、先端にシャボン玉の生成された糸の一つを軽く引っ張るリリス。
それを離すと振り子のように揺れ、別のシャボン玉と反発し合い、それが別のシャボン玉と反発し合い―――一瞬で、予測不可能の軌道を取る二十の的となった。
「シャボン玉にぶつからず撃てっ! 戦闘中なら向こうも攻撃してくるからなっ!」
「っ、了解!」
少し離れた位置にて、シャボン玉に当たらないよう待機するリリスに応えると、集中して弓を引く。
射――――――シャボン玉は揺れ、当たる直前で別のシャボン玉に弾かれ、悉くを回避して行く。
ただでさえ、動いている獲物を長距離の武器で狙うのは不慣れ。
更には不規則な動き―――そして、シャボン玉の元来の特性である、半透明と光の反射。
それらが視覚的に撃ちにくさを激増させている。
「よく、考えられてる…………っ!」
射に集中し過ぎると、背後よりやって来たシャボン玉に気づかず回避出来ない。
後頭部への衝撃に、全くの想定外から訪れる攻撃は転生前に死んだとき以来―――なんなら、あのときも回避は叶わずとも、直撃の前に気づいてはいた事を考慮すれば、いつぶりかも思い出せないほど久々の事態だなと思考。
「一種の当て勘かな」
そう呟くと一瞬の狙うの時間も無く、矢を弾くように撃ち放った。
無論、矢は当たる筈なく明後日の方向へと―――だが秋臥は懲りる事なく、二射三射と。
そして四射目、見ていたリリスが息を呑んだ。
矢を打つ直前、駆け出したのだ。
視点を一つのシャボン玉に固定して、揺れるそれと並走するように。
弓に矢を装填して、一度跳ぶ。
自身へ向かい弾かれた三つのシャボン玉の隙間をすり抜けるようにして回避―――そして、体が回転する中、僅か一瞬の時。
訪れた、閃き。
「――――――必中るっ!」
息を吸い、確信をこめて言い放ち、撃ち放った。
流れる一瞬を永遠にまで引き伸ばした様な集中の中、体は素早く、されど優雅に、的確に弦を引く。
そこから放たれた矢は流れる事なく、真っ直ぐと突き進む。
そしてシャボン玉の中心点―――核心を突き抜いた。
「よし、次行こう」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「お初にお目にかかる―――エルフの森の守護者二本柱が一方、フェンリルよ」
森の奥深く、一人の男が獣へと語りかける。
獣の名は、フェンリル―――神獣と呼ばれ、かつては群の強さとして恐れられていた存在。
今となっては、生存しているのはこの一匹のみであり、種族名は固有名詞と変わっている。
ぱっと見はただの巨大な狼であるが、体毛は薄ら青く発光しており、その黄金に光る瞳を際立たせている
その脚力は、巨大な体躯を疾風が如き速度で疾走させ、爪と牙は容易く岩を砕き鉄を曲げる。
群れでなくともその戦力は、一晩で国を滅ぼすとまで言われる。
十年前まで人権が無いとされていたエルフ達の住処であるこの森が侵略を受けずにいたのは、族長とこのフェンリルの存在が大きい。
「下郎が、この森を去れ…………っ!」
「おお、犬畜生が喋った!これは珍しい―――サーカス団にでも、売りつけてやりたいよ」
「戯言をッ」
大岩の上で横になるフェンリルが、ゆっくりとその体を起こす。
見下す相手はただの人間―――しかし、内包する魔力は尋常では無い。
まるで七百年以上昔に滅んだとされる種族と見まごう程、独特の魔力。
無限の寿命を持つと言われるフェンリルとて、そう多く見たものではない。
「さてフェンリル―――命乞いの準備をしろッ!」
「下郎が―――平伏せよッ!」
男はどこからか、魔力を纏った剣を抜く。
フェンリルは牙を剥き出し、喉を鳴らし、地を蹴り抉り、疾風となりて駆け行き、血を撒き散らす。
この日、遡って五百年の内最も巨大な魔力の衝突が起こった。
そして五百年ぶりに、世界から神獣が一匹減った。
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