擬似熟年
お話のストックが減ってまいりました。
「肩幅に足を開いて立ち、弓を構える。力強く握る必要はない―――各々、しっくりと来る力加減がある」
自分の使っていた木の弓を秋臥に持たせて、リリスは言う。
教え方は丁寧で、手取り足取りと言うように秋臥の体を触っては構えなどを調整している。
「掌の長い皺が弓の中心に当たる位置に来るよう心がけるんだ。人差し指を立てて標準を定めろ。そうしたら上半身をしっかりと伸ばして、人差し指と中指で矢を挟む―――体は半身だぞ」
腕の筋が伸びる感覚―――銃などの扱いには慣れている秋臥だが、弓は初めて。
僅かに緊張しながらも、慣れないながらに正解を模索する。
「弦は動かさない―――動かすのは弓の方だ。持ち上げて、矢の羽を胴体向かって正中線の上に固定。弓を前に押し出すように―――そうだ、お前センスが良いな」
息をゆっくり吐きながら、弓を押し出す秋臥。
初めて弓矢を扱うものは矢が上下にぶれてしまう事があるのだが、それが一切なく安定しているのを見て、リリスは素直に賞賛の声を上げた。
「矢が口の前まで降りてきて、手が顎に当たる位置へと至れば、あとは撃つだけ。指の力を、解放してやれ――――――」
言い終えると同時であった。
弦が弾ける音と同時に風切り音がなり、弓は一直線に突き進む。
そして、的としていた木の真横を通過して行った。
「っと、失敗…………」
「こればっかりは、数をこなす必要がある。その点お前はセンスが良い―――今から日が暮れるまで続ければ、中心にとまでは行かずとも数本当たるようにはなるだろう」
「いや、次当てる」
一度深く深呼吸―――もう一歩の矢を取ると、改めて構え直した。
「流石にそれは無理だ―――これは手に馴染ませる技術であって――――――」
瞬間、弦の弾ける音と同時にリリスの視界を矢が横切った。
次にストンっと、甲高い音が鳴った。
「ッ…………天才か」
「似たような感覚を知ってた―――これよりも、小さい得物だったけどね」
過去訓練に使っていた、スリングショット。
大きさと形状が違うので忘れていたが、仕組みは同じだ。
「ならば、実用的な動きの訓練を始めよう。お前が弓を使いたいのは狩ではなく戦闘だろう?」
「…………よく分かっておいでで。ご指導よろしくお願いします」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「おかえりなさい、秋臥。夕飯の支度は済んでいますよ」
「ただいま香菜。時間を忘れちゃって、全部任せちゃってごめんね」
両腕を広げる香菜を見て、秋臥はその腕の中に収まる。
自分からも香菜の胴体に手を回すと、首筋に顔を埋めた。
「いい匂い…………シチュー?」
「正解です。それと、そこで話されるとくすぐったいですっ…………」
気恥ずかしそうに言うので、埋めた頭は離して軽く謝る。
細い腰か回した手で腰を二度、トントンと軽く叩くと香菜も同じように回していた手を離すと、玄関で靴を脱いで中へと上がる。
「先にお風呂にしますか? 丁度私も入ろうと思っていたのですが…………」
「そうだね。汗もかいたし…………リーニャさんは? もしかして、夕食待ってくれてる?」
「リーニャさんなら、久々にご両親に会ってくると出掛けましたよ。夕食もそちらでと聞いています」
「じゃあ風呂入ろうか」
他に待っている人がいないならば、心置きなくと二人で脱衣所へ。
リーニャが待っていなくても、流石に人がいるのに二人で風呂は気まずいとの考えもあったが取り越し苦労であった。
「そういえば、ここのシャワーってどういう仕組みなんだろうね? 電気が通ってる気はしないし、魔法?」
「魔石、というもので動いているらしいですよ。魔鋼という、特殊な鋼を加工して使っているとか。その石に魔法を込めて、第三者が使えるようにしているんです」
「成る程ね―――じゃあ、リーニャさんが家の外に嵌めてたのも?」
「あれも、空間操作系の魔法を込めた魔石ですね」
二人分の着替えを棚に置いて、その横の洗濯機に今まで来ていた着衣を。
蓋を閉めて端に備え付けられた魔石に触れると、洗濯が始まった。
「この魔石のおかげか、思ってたより生活水準は低くないね」
「ええ―――ドワーフなんかの加工に優れた種族なんかも居るそうなので、魔石意外にも色々と面白いものがありますよ」
秋臥が眠っていた半月、香菜はこの世界について学んでいた。
神、ラジェリスは大雑把で、頭に叩き込まれた生きて行く上最低限の知識というのは所々不足していた。
例えば冒険者ギルド―――この世界での知名度は、元いた世界でのコンビニなんかに匹敵する組織を、秋臥達は事前に知らなかったのだ。
「シャワーの魔石なんかは、値段によって質の差が大きいそうで。この家は貴族のラクルス様が使っていたものですから温水が出ますが、一般の民家では冷水の場合もあるらしいですよ」
「海外のホテルなんかだと、元の世界でもあるらしいね。でも、冷水は嫌かな」
先に服を脱ぎ終えた秋臥が浴室へ入ると、シャワーヘッドに嵌め込まれた魔石に触れてお湯を出す。
薬草の灰汁から出来ているというジャンプーで髪を洗い、同じもので体も洗う。
これが案外泡立ちも良く、ミント系のような爽快感も残る。
「シャワーと浴槽が別なのは良いね。汚れたままでお湯に浸かりたくない」
「そうですね。それに、二人で入れますし」
後から入ってきた香菜が体を洗うのを、湯船に浸かりながらぼんやりと眺める。
慣れない弓矢の鍛錬をしたせいか背中の筋肉が悲鳴を上げていたが、湯に浸かると自然に痛みも和らぐ。
「香菜はさ、この世界どう?」
「どう…………と、言いますと?」
「あ―――つまりは、楽しいかどうかとか、不便だとか、帰りたいだとか、無い?」
「私は、前と変わりないですよ」
解くと腰まである髪を湯で流しながら、香菜はあっさりと答えた。
何の気なしに、それが当然と言わんばかりに。
「私は、秋臥がいれば良いんです。そこが極寒の地だろうと、逆だろうと。満足に食事の取れない空間でも…………っと、それだと秋臥が飢えてしまいますね」
「…………ありがとう」
自分から聞いておいて、僅かに気恥ずかしくなって湯船に半分顔を沈める。
するとそこに、普段より早めに体を洗い終えた香菜が入ってきた。
「香菜、向かい合って入れるぐらいの広さはあるよ?」
「いいんです。知ってますよね? 私この体制が好きなんです」
二人重なるように、湯船に浸かっている。
浴槽自体は足を折れば向き合える程度だが、香菜は二人重なって足を伸ばす体制を選んだ。
「優しく包まれてる感じが、好きなんです」
「そうだったね―――最近は入る時間バラバラだったから、忘れてたよ」
こちらの世界に来て、何の考えもなくくつろげる時間は久々だ。
この日は二人揃って時間を忘れ温まった後、冷めてしまったシチューを温め直して食べ、最後には同じ部屋で共に寝た。
翌朝玄関にて酒に酔い倒れているリーニャを見つけるまでの、平穏な時間であった。
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