姉々
「香菜、糸を解いて」
「…………よろしいのですか?」
「ああ、頼むよ」
拘束を解除―――瞬間、女は飛び起きて距離を取ると、ブレスレット型の魔道具から再度弓矢を出して秋臥へと向けて引く。
「矢を向けたままでも良い、僕の事を敵だと確信したならば撃てば良い………………ただ、少しでも話を聞く気があるのならば、少しの猶予を…………っ!」
「…………話せ」
女の許しが出た。
片膝ついた状態からゆっくりと立ち上がると、秋臥は両手を上げて無抵抗のポーズを。
足元にある二本のナイフも、蹴って枝から落として見せた。
「約束の日の二ヶ月前…………ラクルス侯爵の兄、ゴルシアが当主の座を狙い暴走した。それから三ヶ月の間、ラクラス侯爵は街中をお付きの騎士と逃走。この森へと向かう様にとの勅命は、その間に送られて来た…………っ!」
「………………続けろ」
冷たい女の声で、猶予は延長。
秋臥は一度大きな深呼吸をしてから、後に言葉をつづける。
「ゴルシアの暴走から三か月経った頃、ラクラス侯爵は街から逃走。そして、僕達に出会い領地奪還の協力を要請っ…………僕達はそれを承諾し、依頼を完遂………その後ゴルシアによって残された大量の仕事を処理している際、ラクルス侯爵がこの森へと向かうべしとの勅命を発見。即日、僕らを送り込んだ…………!」
「何故そのラクラスとかいうのが直接来ない…………? 我々を恐れたからか? それとも、武力行使の場に居合わせる事を恐れたからか?」
「違うッ! 彼には彼の戦場がある…………ここへ直接出向けば、その間ゴルシアの暴走によって弱まった領地は一切の無防備。彼は貴方達への義理を果たせず、その上領民達の命まで危険に晒す事となる…………!」
「領民…………? やはり所詮は人間。口ではどうとでも言いながら、実際は身内贔屓の他所は使者を送って終いか?!」
「彼はッ! 自身の最も身近な騎士を使者として送ったッ! 今のような命の危険がある事を知りながらだ! それは貴女達への今払える最大限の敬意であり、彼にとって最悪の場合、最も痛手となるリスクを晒す行為だ…………! その使者は今、僕達が貴女に攻撃される前居た場所で待機している! 名をリーニャ、彼が最も信頼している人物であり、エルフだ!」
「………………リーニャ、だと…………?!」
女の表情に、驚きが見えた。
隙はそこだと判断―――これから少しずつ話をしながら出す情報を、頭の中で即座に整理する。
「そのリーニャという人物は、茶色い髪をした灰色の瞳を持つエルフか………………?」
「…………そうだ。十九年前よりラクルス侯爵の騎士をしている」
「そのリーニャというエルフは、己の意志でそこに居るのか…………?」
「僕の見る限りでは…………そうだ。言い方は悪いが、平時では気の抜けた間抜けな様子をしている程度には油断を。それ程に気を許した間柄なのだろう」
「そうか…………そうなのか…………ならば、お前達を信頼しよう………………っ!」
女は弓を下ろして再度ブレスレットの魔道具へとしまう。
それから馬車の方面へと視線を向けると、少し優しい目をした。
「私の名はリリス…………ダークエルフだ。リーニャ姉が信じた人間を、私も信じよう」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「おお、本当にリリスではありませんかっ! 久しいですね、元気でしたかっ?!」
「ああ、リーニャ姉は相変わらず元気そうで安心したぞ。警戒態勢だったとはいえ、撃ってしまいすまなかった…………」
「ご安心を、当たっていませんっ! それよりもリリス、もう昔のように姉々とは呼んでくれないのですかっ?」
「なっ、それは…………っ!」
一度戻り、リーニャを迎えに行った際秋臥が聞いた話。
二人はこの森で、姉妹の様に育った―――リリスはリーニャを姉と慕い、リーニャはリリスを妹として可愛がった。
互いに信頼し会う、家族の様な間柄なのだという。
「むっ、リリス背が伸びましたね? 昔は豆のように小さく泣き虫だったのに、今では生意気にも私より大きいではありませんかっ?!」
「百八十五はある、リーニャ姉を見下ろすと云うのは新鮮だな」
「やはり、姉ですか…………?」
「っ…………リーニャ、姉々…………これで、良いか…………?」
「ええっ! やはりそちらの方が可愛らしいですからねっ!」
先程まではあれ程攻撃的であったリリスが、こうも恥ずかしがって頬を赤く染めるとはと、秋臥は少し驚愕。
これはリーニャの前だけなのか、どちらが素の状態なのだろうかなどと考えながら、暫く待っていると、どうやら久々の再会も済んだよ様子。
族長への話はリリスが通す、そこから後は話の下手なリーニャよりも秋臥が。
リーニャは背後に座り、この人間は安全だと示す。
そんな流れを決めると、リーニャとリリスの先導で、皆森へと入って行った。
エルフ達の住まう、深い森の中へと。
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