エンゲージリング
「秋臥、見えてきましたよ…………!」
「本当だ、風が心地いいね」
グリフィスの引く馬車の窓より、二人は顔を出した。
着位祭の打ち上げ翌日―――余程搾られたのか死相の見えるベネティクトを連れた上機嫌のマリーから転移魔法で送迎しようかと言われたが、二人はそれを断わり。
ゆっくり半月かけて、現在地までやって来た。
大陸の最南端であり、人気の観光名所でもある海辺の街、ノスミコ。
白で統一された建物とタイルの敷き詰められた道が美しい街並みと、そこから一望できる海辺の美しい土地だ。
二人は事前に取っていた宿屋に馬車とグリフィスを預けて、街へと繰り出し。
いくつかアクセサリーを買い、屋台の買い食いでランチを済ませてから海辺へと出て足元を濡らし歩いて。
夜にはこれまた事前に予約したディナーを楽しんだ後、宿屋に戻って部屋で時を過ごした。
この街の宿泊期間は二週間―――その間、随分と甘く濃密な時を過ごした。
タイミングが訪れるまでは仕事もせず、毎日街で買い物をして、食事をして、濃密な夜を過ごす日々。
時には一日中部屋から出ず、カーテンも開けずベッドの上のみで過ごす日もあったが、そんな爛れた不健全な時間は二人が互いに互いを刻み合うために必須。
防音用魔道具の魔力消費が速かったが、それ以外は特に問題のない事だあった。
「出会った日から今日まで―――私は他の人よりも嫉妬深いですし、寂しがりますし、愛は重い物だと思います。夜は多く求めますし、癖も多いです。秋臥、苦しくはないですか?」
ある日のピロートークであった。
窓を開けて夜風に当たる秋臥へと尋ねた言葉は、心配などでなくただレスポンスを求めてのもの。
上半身のみ露出された秋臥の体には、搭載された筋肉の上に残った切り傷や弾痕、その上に重ねられた新しい噛み跡がよく目立つ。
その数を数えるながら、香菜はいつもの言葉を欲しがった。
「僕は香菜のものだよ―――苦しくなんてない。重い愛なんて、とっくの昔に受け入れ済みだよ」
求めた言葉が求めた通りに帰って来た。
喜ばしくはあるが、少し面白くないなと香菜はシーツから出てベッドの上を四つ這いで進み秋臥の下へと。
服を着ていないので窓辺までは行かず、手招きで秋臥を側まで来させた。
拳を固める事もなく、無造作に下げられた左手を掴み上げると薬指を立ち上げ。
何をしたいのかと疑問に思いながらも抵抗しない秋臥に一度微笑みかけてから、喉奥まで咥え込んだ。
指を舌で愛撫される感覚の後、鈍い痛みが―――血が出ない程に弱く、跡が残る程に強く、薬指の付け根を噛んだのだ。
一度ではなく、手の角度を変えて指周りを歯形が一周する様に噛み。
口から出された薬指には、指輪の様な噛み跡がしっかりと残っていた。
「首筋や足、お腹に跡を付けるのは好きですが、私としてはこれが一番好きです―――秋臥、貴方はどうですか?」
言いながら、香菜は自身の左手薬指を突き立てて秋臥へと差し出す。
「いいの? 痛むよ?」
「私、するのもされるのも好きなんです―――ご存知でしょう?」
「そうだったね」
確認を終えると、秋臥も香菜の指に同じ様な噛み跡をつけた。
白く美しい肌を噛み、二人同じ跡を持った後は本日二回戦を開始。
秋臥の背には引っ掻き傷―――それ以外の箇所にも噛み跡や充血した箇所が増える。
二人が眠ったのは日が登り始めた頃―――それまで愛を確認し合い、何度も翌日には消えてしまう自家製のエンゲージリングを濃く重ねた。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「お前らの…………お前らのせいだ………………!!!」
二人が海辺を歩いていると、一人の男が現れ言った。
見窄らしい容姿だが、手には珊瑚で作られた様なトライデントを所持。
今回の回収、破壊すべきバグアイテム―――胎海の祖である。
「お前らが来てから、取引相手の全部が手を引いた…………! 俺の人生、お前らのせいで台無しだ…………!」
「香菜、あの男の情報あったかな?」
「この街のブラックマーケットの頭取ですね―――秋臥の評判は広まっていますから。この街の闇市場は今や伽藍堂でしょう」
「だから、自棄で出て来たのか」
二人の会話を聞きながら、男は眉をぴくぴくと痙攣させる。
ストレスはここに出て来た時点で限界を超えている―――怒り、トライデントの底で地面を突くと、海が荒れる。
マリーの島呑みに匹敵する程大きな、街を飲み込む規模の津波が発生―――それを見て男は爆笑しながら、秋臥へとトライデントの矛先を向けた。
「俺のこの街と、お前と、心中だァ! 全部呑み込んで、俺だけがやり直すッ!!!」
「香菜、あの男を任せるよ」
「お任せください、秋臥」
波が街へと向かい始めた瞬間―――その全てが凍結する。
何が起きたと男が慌て始めると同時にその身は拘束。
手に持つトライデント、胎海の祖も糸で絡め取られ、秋臥の手元に渡ると同時に凍結された。
「共同作業ですよ、秋臥―――結婚式みたいですね」
「薬指の跡、まだ残ってるよ」
「青くなっていますね…………少々強く噛み過ぎたでしょうか?」
「歯の凹凸が消えた分、指輪っぽくて良いよ」
バグアイテムの回収など片手間に、二人は惚気た。
この世界に来てから続いた戦いの報酬であるこの旅行の時間を、仕事で多く消費するわけには行かないと言わんばかりに。
見るもの全てが、二人はこの先も変わらない関係で居続けるのだろうと確信を得る程、純な笑顔で。
「いつか、ずっと残る指輪を贈るよ」
「まだ暫くは恋人期間を満喫したいので、互いに二十歳になった頃でお願いします」
「あと三年か―――待ち遠しいね」
「女神ラジェリス曰く、私達は使徒として死なないらしいですので―――続く夫婦生活と比べれば一瞬ですよ」
「じゃあ、濃い一瞬にしよう」
「ええ―――末長く、よろしくお願いします」
完結です。
この話に出会い、ここまでありがとうございました。
今まで色々書いてきた話しでも194話の連載は最長なので、とても思い入れのあるものを書けたと思います。
ここまでの話、楽しんでいただけならば嬉しい限りです。
私は書いていて、とても楽しかったです。
近いうちに新しい話を投稿し始めますので、機会があればぜひそちらも読んでみてください。
また出会って頂けることを、楽しみにしています。
(新作情報とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




