客人達
「ベストは尽くした―――そう断言できます」
ルークと引き分けた後、秋臥はマリーの転移魔法にて久方ぶりの帰宅。
香菜と二人の時間を過ごそうと考えていた――――――だが今、秋臥は浴場にてルークとベネティクトと共に入浴をしていた。
公衆浴場などにも負けぬ程度の広々とした浴槽は、客人と共に浸かっても有り余り。
語らうにはうってつけの空間となっていた。
「訳が分からないままに終わった、全力を出し切れなかった―――それなら不服はあるでしょうが、確かに僕はベストを発揮しましたので、もう満足です」
「僕としては、満足で終わらずこれからも貢献して欲しいんだけどね…………君が一位決定戦を辞退して二位に甘んじたとしても、やはり皆は君を僕と同格と見た。そんな君を遊ばせておきたくはないんだよ」
「僕は消えるとは言いましたが、遊び呆けるつまりはありませんよ―――英雄の役割こそ果たしたくはありませんけど、代わりに一つ話をつけています」
湯船から手を出して、その上に氷の剣を一本作り出す。
秋臥が普段戦いにで使う両刃の大剣ではなく、ポピュラーな形の剣だ。
「お二人の耳にも当然入っているでしょうが、今後アスターの様な世界の敵出現に備え、クロニクル主導で各国各種族戦力を集結させた新たな組織が作られます―――名を、多人類軍」
「さっき聖七冠に戻ったと同時に連絡が届いたね」
「ボクの方も、少し前に耳に入れた話だね―――それと秋臥君にどう関係が? 僕の記憶じゃあ、アレと聖七冠は別組織として動かすと聞いているよ」
「ええ、聖七冠はこれまで通り個人を軍の様に運用―――多人類軍はそのサポートや、世界防衛力の水準上昇が目的です」
今回の戦いの様に、聖七冠に欠員が出るような事態ではその他戦力が弱々しくては頼りない。
元々の話、七人の方に世界を預けようというのが馬鹿な話であった―――故に、人々は自立を決心した。
最強の傘は借りつつ、自分達で解決出来る問題の幅を広げようと考えたのだ。
「僕に、そんな多人類軍の講師をしないかと声がかかりました―――元々戦力育成の経験はあります。水準としてそうですね…………やる気があれば金級冒険者ぐらいまで、ならよほど才能が不足していない限り育てられるかと」
「成る程指導の道か―――確かに、英雄というには華々しさが無い仕事だけど、君には合ってそうだ」
「性に合ってますよ。あと、やらなきゃ行けないことも果たせそうでね―――ではそろそろ、お先に失礼します」
そう言うと、秋臥は湯船から上がる。
残された二人は秋臥の体にあった無数の傷を深く記憶に刻みつける―――今秋臥の持つ実力は、何も才能によって無条件に与えられたものでは無い。
幾つも死戦を超えた先で手に入れた、報酬なのだと再確認した。
「あの体、健全とは言い難いですね」
「ああ―――あの背中、見たかい?」
真剣な眼差しでベネティクトが問うた。
傷の多さに特に何かをよく見たわけでも無いルークは静かに首を傾げ―――ベネティクトが次の言葉を発するのを待つ。
「引っ掻き傷が肩甲骨の辺りに左右それぞれ五本―――香菜ちゃん、爪を立てるタイプなんだね」
「ベネティクトさん、斬りますよ」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
秋臥は自室に戻ってから正装へと着替え、メイド達に会場の支度を始める様伝えて香菜の元へ。
神力の位置を探って向かった先は、玄関だ。
「来たぞ、英雄様」
「そう呼ばれるとむず痒いよ、ラクルス」
「そう照れんなよ秋臥―――何も大袈裟って話じゃあねえんだからよ」
玄関まで行くと、丁度ラクルスとリーニャが到着した所であった。
二人を出迎える、黒の着物で身を包んだ香菜は苦笑い―――戦いの後、ラクルスはこうして秋臥を揶揄う様になった。
秋臥が恥ずかしがる事を知って、面白がっているのだ。
咎める程のことでも無いが、香菜の心情としてはよく飽きないなというものが大きい。
「何だ、お前ら入口で突っ立って―――今日の会場はここまでか?」
「ああ、忙しい所ありがとうございます。スアレーさん」
玄関に立つラクルス達の背後に現れたのは、銀華の騎士団団長―――怪力姫スアレーと、エルフの女王サレン。
そしてその護衛について来たリリスに、それら全員を転移させて来たマリーだ。
「おおっ! 女王にリリスまで! 久しいですねっ!」
「貴方はいつでも元気そうね、リーニャ」
「会いたかったぞ、リーニャ姉々」
エルフ三人、久方ぶりの再会―――サレンとリーニャは戦場で顔を見る機会はあったが、互いにそう気楽に話せる立場でも無い。
こうして肩の力を抜いて話せる機会というのは、実に秋臥達がエルフの森に行った時以来である。
「玄関で立ち話というのもなんです、皆様会場へとご案内させて頂きます―――もう時期支度も済むでしょう」
この屋敷のメイドは元王宮仕えというだけあって優秀だ―――姉妹行きのあったコンビネーションで、指示を即座に完遂する。
秋臥と香菜を先頭に屋敷の中を進み、玄関とは別の位置から中庭へ。
そこには煌びやかに飾り付けられた食卓と、並べられた数々の食品が。
今宵は着位祭の打ち上げという名目を秋臥に告げ、この様なものをもよおしたのだ。
人々の心に平穏が戻りつつある今―――戦った者たちにも、休息があって良いと。
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