猫対猫
人は恐ろしさを感じると、背筋が冷え総毛立つ―――今、香菜が抱く感情は恐怖ではない。
純粋な、まじりっ気のない殺意―――怒りも混じらず、ただ骨互裏の殺害へと向けて香菜を突き動かす感情だ。
香菜は神力以外にも、その身に防御を張り巡らせている。
視認不可能な迄に透き通った極細の糸を、全身に巻き付けている―――それを皮膚から離し展開したならば、どのような物理的拘束も解除可能。
現に今、香菜に噛み付いていたドラゴンの頭蓋は砕け散る。
「一つ、勘違いをしているらしいですので教えましょう―――秋臥に絶望は無い。彼の意思が終わる日は、それ即ち私達が終わる日。それまで私は彼に付き添い、永劫を遂げるのです」
着地した骨互裏を見下ろす様、香菜が言う。
跨るグリフィスは巨大な翼で悠々と羽ばたく―――背後、神殿とそれを囲む無角の天蓋もあり、その姿は宗教画を思わせる。
「それに、私が死ねば秋臥も死ぬ―――私は何も、この世だけに執着はしていません。きっと秋臥とならば、地獄の狂気すらハネムーンの様な夢心地でしょう」
「隊長は美しい人、きっと天国へ行くわ」
「私の為なら地獄にまで駆けつけてくれる人ですよ」
言いながら糸を編む―――攻撃の回避などはグリフィスに任せれば良いので、香菜は攻撃と回避不可能な攻撃に対する防御へと専念。
足元気にせず、糸の形状生成を行う。
「糸天井」
「出鱈目な出力………………ああ、羨ましいわ」
香菜か繰り出したのは、ドーム状き編んだ糸。
それを急収束させ、内部の敵を切断せしめんとする。
糸は当然、神力によって生み出された特別性だ。
だが、そこで骨互裏が取り出した武器もまた特別性―――エルフの森にでアスターが狩った神位の獣、フェンリルの爪より作られた鉤爪。
フェンリルの持っていた神力を僅かながら保持しており、香菜の糸も切断する事が可能な代物だ。
天井部分を切り裂き即脱出。
その先に構えられた糸のトラップもスライムの粘液と鉤爪で難なく無力化する。
「貴女では隊長の魅力を引き出せない―――隊長を真に美しく仕立て上げられるのは私だけ!」
「酷い思い上がりですね」
秋臥より託された氷の太刀―――魔剣、寒椿に香菜が神力を通す。
すると刃が氷の蒼から椿の様な紅へと変色し、鍔も椿の花弁に似た形へと変形する。
「私と秋臥の合作、子供の様なものです―――可愛いでしょう?」
「椿が余計に見えるわ―――落としてしまいましょう」
瞬間―――地上より二名の影が迫る。
死者となり、骨互裏に操られるだけの葉霧と泥垣だ。
「死体を切るのにこの太刀は、役者不足だと思いますが―――まあ、良いでしょう」
ただ一振り、それで事は済んだ。
刀身より氷の放出―――他でもない、秋臥の魔法だ。
この寒椿に込められた魔剣としての能力は、事前に込められた秋臥の力分、氷を放つ事ができる。
通常ならば通常魔力の蒼い氷が放たれるが、今放たれたのは香菜の神力も混ざり紅い氷。
それは葉霧と泥垣を地上へと押し戻し、一瞬で身動き不可能とした。
「火の粉がいくら舞ったところで――――――」
「どうも〜」
死体二人を処理した瞬間、眼前に大鎌を振り上げた骨互裏が迫っている。
すかさずグリフィスが回避を行い、騎乗した香菜も体制は崩したもの無傷だ。
「一つ、いい事を教えてあげるわ」
またも話を始めた骨互裏。
心を乱す事が目的か、はたまたただの趣味か―――香菜にその本質を見抜く事は不可能だが、相手にする必要がないと言う事だけは理解している。
故に、無視して攻撃―――編んだ糸による連撃を仕掛ける。
「トラオムには精神的耐性を得る訓練がある事を知っているでしょう? 苦痛の拷問から、快楽の薬物、アルコール―――そして、女。要は敵に情報を漏らさない精神を鍛えるという話ね」
骨互裏は簡単そうに攻撃を回避しつつ言葉を止めず。
寧ろ、香菜の攻撃が激化する度に面白そうに笑みを浮かべた。
「そのうち快楽、女は、極上の女体を持って男を篭絡し、情報を抜き取るという女側のテストも兼ねられているの」
自身の豊満な胸を、香菜に対する当てつけの様に撫で下ろす。
表情は愉悦と興奮―――いつかの晩を思い出す様に、幸せそうな笑みを絶やさず居る。
「隊長のテストの際、相手をしたのは私―――つまり、言いたい事は分かる?」
「よく聞いていませんでした」
「意地っ張り……………貴女は知らないでしょうね。私で初めてを遂げた隊長のあの不慣れな感じ、最高に可愛いかったわ。終わった後も余裕ぶっちゃって」
そう言い終えた辺りで、骨互裏の首に糸が掛かる。
だが骨互裏はそれすらも楽しそうに対応―――その行為を、これ以上自身の言葉を聞きたくない香菜の急と解釈した。
「私で慣れた隊長に抱かれるの、どんな気持ちなのかしら? 教えてくださらない?」
「貴女じゃあ満たせなかったんですね」
「………………は?」
首の糸は締め殺す為でも焦りでもない。
単なる距離を取るための手段だ―――骨互裏を上空へと投げ飛ばし、その間にグリフィスを駆けさせて勢いを稼ぐ。
「私とシた後の秋臥は、余裕ぶる余力も残ってないんですよ―――搾り取られちゃって、可愛いんです」
投げ飛ばされ、宙を舞う骨互裏が大鎌を構える。
今の言葉は骨互裏が予想だにしなかったレスポンス―――骨互裏に於いて、秋臥とは最強の象徴であり、強い事は美しいの体現。
それが初めての事で不慣れを晒す事こそあれど、慣れたもので惚け続けるなど考えもしない。
初めて女を抱いた後に、フリでも余裕を見せたという事実が、骨互裏の中では秋臥を象徴垂らしめる要因となっていたのだ。
「骨互裏美彌子―――お前じゃあ、秋臥を満足させるに足りなかったんですね」
「私は、隊長を……………………!」
二人の間合いが重なる一瞬、戸惑いが骨互裏の刃を鈍らせた。
糸を引く様に真っ直ぐ振られた寒椿の刃が、骨互裏の腰を横薙ぎ一閃で断ち切る。
香菜は秋臥の過去を慈しみこそすれど、嫉妬はしない―――香菜が愛すのは、これまでの経験を持った、これまでの全てを背負った秋臥。
その過程、他の女が色と残ろうと、その結果自分の元に秋臥がいらならば問題としない。
「私は秋臥とこれからを歩きます―――貴女は精々、過去の思い出に浸りながら死になさい」
その言葉は骨互裏に届かない―――既に上半身と下半身が両断され、地に落ちた骨互裏の五感は死に、僅かな意思が残るのみ。
笑みは消え、一雫涙を流しながら暗闇の中、骨互裏はその生涯を終えた。
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