蛇目
香菜は焦る―――自分はそれなりに強くなったと思っていた。
秋臥の助けになれると思っていた。
だが現実ではどうだ―――今アスターと戦うのは、秋臥とルークのこの世界に於いて最高峰の実力者。
その間に付け入る隙が見当たらないのだ。
「秋臥くん、奥の手はタイミングを見て使うんだよ」
「ええ、勿論です」
零秒の攻防を繰り広げながら、短い会話を済ませる。
秋臥が打撃で体制を崩し、ルークが刻み。
それを逃れたアスターが魔剣を取り出して攻撃を放った所で大きく回避する。
普通の敵であれば魔剣を持つ手を切り落とせば済む話だが、アスターとなれば話は別。
まず自己支配により攻撃が通らない上に、切り落とせたとて一秒経たずに再生した手元へと新たな魔剣が現れる。
ならばいっそ、確定した要素の内で対処するのが安牌。
危険を犯すのは、勝負を決める一瞬で良い。
「逢魔の魔剣」
取り出された魔剣が空を切り裂く―――裂け目より現れたのは魔物の大群と、異世界よりやって来たトラオムの幹部。
京介、骨互裏、泥垣、羽々斬だ。
「どうも〜隊長。相変わらずちゃんと化け物ですね。羽々斬に負けたと聞いて心配していましたが…………ちゃんと、私の好きな隊長で安心しましたよ」
「お前は元気そうだな…………!」
現れた魔物達を瞬時に討伐しながら秋臥が一言。
無意味に放った言葉では無い―――事実として、羽々切と骨互裏を除いた幹部全名の姿に生気が籠っておらず。
まるで死体を操られた様な不気味さだ。
「また勝手に隊長を殺しに向かわれると困るので、羽々斬以外はサクっとやっちゃいました」
「俺だけ殺せなかった事を、俺だけ狙わなかったかの様に語るな骨互裏」
秋臥は、骨互裏が生物より作り出した武器の能力にって行われた行為だと判断。
相手を操る条件は殺しか、僅かな傷でも致命的か、判断し切れぬ事から、完全無傷での勝利をこの場の全員が無言で共通認識とする。
「隊長の事は、首輪をつけて可愛く飼ってあけますからね!」
「―――それより先に、私がお前を殺す」
次の瞬間―――骨互裏は糸で首を吊られて上空へと投げ飛ばされる。
かつてない程乱暴に、神力によって強化された腕力によって行われた行為。
先行させた糸が神殿の天井を一部切り落とし、骨互裏を神殿外へと追放。
それと同時に、神殿を覆う極細糸のドームを展開する。
「無角の天蓋」
「隊長にしがみつく、貧相女の嫉妬は醜いわ―――もう時期愛想尽かされるんじゃなくて?」
「愛想向けられた事も無い女がいけしゃあしゃあと」
空中で、ハンマー投げの要領で更に骨互裏を投げ飛ばし。
向かう先に、編み込んだ糸のカッターを待機させる。
だが突如、その刃部分に粘液が纏わされる。
スライムを濃縮した粘液―――骨互裏の使う生物を武器へと変える魔法、万死の彫刻により作られた物だ。
「私ね、隊長を飼ったら裸に剥いて首輪をつけてかいたいんです…………! 毎日散歩に連れて出て、獣の様に交わって。貴女は精々、便器にでもしてあげますよ」
「安心しなさい、私がお前を弄ぶ事はないわ―――ただ、殺す」
「芸がないのね!」
頬を赤らめ語る骨互裏へと向けるのは純粋な殺意―――その他一切の意思は生まれず、香菜は淡々と攻撃を重ねて行く。
だが骨互裏はその悉くを、神力では無く魔力の力によって無力化。
元はチャイニーズマフィア、その後秋臥に鍛えられた骨互裏と、こちらの世界に来てから初めてまともな戦闘を経験した香菜では自力の差が大きく、歩行すらままならない子供がナイフを持ってプロボクサーに挑む様な無謀さがそこにはあった。
「私ね、貴女が嫌いなの―――貴女のせいで、隊長は孤独でなくなったから」
言いながら、羽の生えたナイフを三本投擲。
本来ならば回避しても追いかけてくるという代物だが、香菜はそれを糸で絡め取って無力化。
だがそれはブラフ―――本命は、香菜の背後より迫るドラゴンの骨で作られた剣鞭であった。
「私は、河辺の石に混じるダイヤだった隊長の孤独な輝きが好きだった―――でも貴女という台座が、隊長を分相応に、孤独でない輝きを与えてしまった」
巨大な剣鞭の先端に着くドラゴンの頭蓋が香菜へと噛み付く―――神力の糸で作られた衣服に傷こそつけられぬが、無力化には充分。
動かぬ香菜の前まで赴き、骨互裏は嬉しそうに語る。
「でも今では少し貴女に感謝しているわ。貴女という温もりを、安心を知った隊長の前で貴女を汚したならば―――きっと隊長は過去以上に孤独となる。孤独でなくなりたいとすら思わなくなる」
香菜の頬を撫でる―――蛇が獲物の前で舌舐めずりをする様に、ナイフの刃を光がなぞる様に。
「ありがとう―――貴女を超えて私、幸せになるわ」
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