人に選ばれた勇者
何千年も前から今に至るまで、世界が恐れた種族はハイヒューマンだけでない。
世界の悪意、魔人族―――繁殖と同じレベルの本能として殺戮を欲する生物だ。
泉の精霊リア・ダームベルクはかつて、魔族として産まれ落ちた。
通常、魔族に生える角は二本ある―――にも関わらず、一本しか角のないリアの事を周りの魔族達は気味悪がり、リアを人里に捨て。
その命を、近くに魔族が居ると人間を怯えさせる為の道具として消費しようとしていた―――――まさか、魔族を知らぬ老夫婦にその子が拾われるなどとは予想もせずに。
その老夫婦の元、リアは初めて魔族の忌み子ではなくリア・ダームベルクとなり。
そして魔族として初めて、人間に愛情を抱いた。
老夫婦の暮らす家は、街から離れた森の中にあった。
普段は夫が狩りをして獲物を食し、足りなければ街へと買い物に向かう。
足を知り、必要最低限に満たされた生活は、リアにとって満足な物であり、至福の時間であり。
だが、そんな時間も長くは続かなかった。
老夫婦二人は歳で体が弱った事もあり、簡単なお使いをリアに頼む事となり。
魔族を知らぬが故に何の変装もさせず、リアを街へと送り出したのだ。
当然リアの存在は即座に通報され、買い物終わり満足気に家へと帰る所を尾行され。
老夫婦とリアの家は、その日の晩のうちに襲撃に逢った。
家からは脱出するも、老夫婦はリアを逃すべく身代わりとなり首を取られ。
その首をリアの前へと晒される結果と。
だがその犠牲もあり、リアは逃げ続けた。
魔族の体だ、人間とは運動能力も耐久力も桁違い。
矢に肩を撃たれ、槍で胸を貫かれ、片目を抉られ喉を裂かれてもなお彼女は走り、逃げ続けた。
しかし、限界はある。
三日逃げ続けた所で、限界まで高まった疲労と身の丈やり長い、胸に刺さった槍のせいでバランスを崩しリアは横転。
そこに、一人の男が現れる。
それは当時、初めて行われた人工勇者計画唯一の成功例であり、人類の剣。
名を、ガレッジ・フルゲシュタインという。
「君が、魔族なのかい………………?」
喉が裂かれ、声を出せぬリアに問う。
それは理性により発せられた言葉ではなく、戸惑いにより漏れ出した言葉。
ガレッジの知る魔族は、恐ろしく凶暴な生物であり。
今眼前に居る、瀕死ながらも涙を流し、地を這い己から逃げようとする少女とは似ても似つかない存在であったからだ。
気づけばガレッジは、喉の裂け目より息の漏れる音だけがなるリアを抱き上げ駆け出しており。
その胸には、怒りの炎を宿していた。
自身にこの少女を殺させようとした国に、そして魔族というだけで少女を悪とした、この時代に対しての怒りの炎を。
ガレッジが向かったのは、自身の魂を変化させ人工勇者となる儀式を行なった神聖力を放つ泉。
そこにリアを沈めると、優しく頬を撫で、辛うじて効く耳へと語りかける。
「僕には聖女の様な癒す力は無い―――だから、神聖力に元々宿る癒しの力で徐々に癒すよ。君の傷じゃ途方もない時間がかかるかもしれないが、どうか耐えて欲しい―――いつか僕の魂を引き継ぐ者が君を迎えに来る。それは何十何百年先か、もっと果てしない時間の先かもしれない―――けれど、必ず現れる。傷の癒えた君の手を取る為に、必ずだ………………!」
言うと、ガレッジはリアを沈めた池に強固な結界を張り、人除け魔物除けと認識阻害に加え、状態保存の結界を張り、内側に己の持つ神聖力全てを込める。
リアの意識は神聖力に溶け、泉の水と一体となり、世界に広がる。
その最中は夢見心地のはっきりとしない記憶だが、覚えている事はいくつかあった。
まずガレッジは、リアを泉に置いて王の元へと向かった。
そして、王を切り捨てた。
次にガレッジは国を滅ぼした。
尽きた神聖力を、自身の寿命を燃やす事で補充して、一秒につき一年分という大きな代償を費やす事によって、王都のあった位置を平野へと変えてしまった。
その場所は現在、フルゲシュタインの膝下と呼ばれクロニクルの聖地とされている。
国を滅ぼしたガレッジは世界の剣から一躍稀代の大悪党と成り下がり。
寿命が燃え尽きたことによる死と共に長年の間、人工勇者計画を凍結へと追いやった。
理由は他にもあるが、今を生きるガレッジまで二代目人工勇者が生まれなかった要因の一つは間違いなくそれである。
バトンは今、リアを伝い渡された。
ガレッジからガレッジへと、人工の勇者から人工の勇者へと。
千年前から現代へと。
確かに、受け継がれた。
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