次代の魔女
斬った―――皆の頭は、その一言で埋め尽くされた。
ただ一人、聖女セリシアを除いては。
「――――――汚り聖域!」
「色目の残り香…………!」
突如としてガレッジの胴体を両断した斬撃の正体を探るべく、マリーが魔法を発動。
自身を中心とした半径三百メートルにあるパルステナの魔力をピンク色で可視化。
すると、見事に逆巻の刃が通った位置に残る痕跡が。
これを後出しで斬撃と変換したのが、今の攻撃の正体とマリーは断定した。
可視化された魔力を見て、マリー以外もそれを理解。
気を引き締めて、再度パルステナへと向かう。
「この剣の仕組みを理解したとて意味はない―――吾れの斬撃は吾れがこの空間で戦い続ける限り増え続け、限りは無し。戦いが長引けば長引く程、この空間は吾れの手中に収まるのだ」
「とか言って、結局は武器頼り」
「その様な安い挑発に乗ることなど――――――」
「はい乗った」
瞬間―――パルステナの視界が歪む。
手足の感覚は失われ、嗚咽が込み上げ。
かろうじて視界に捉えたのは、薬品の瓶を持つマリーの姿であった。
「先代魔女の使う差異の魔法は、使い方だけ分かっていても薬品調合のレシピが分からないと使用できない、経験がものをいう魔法……………でも、遺書と共に残されたレシピを覚えたからには、しっかりと活用させてもらうわ」
それは瓶を開ければ即空気に溶け、使用者の操る魔力に乗って相手に届けられる薬品。
口から侵入して相手の神経に溶け込み、四肢と五感を鈍らせる。
「流石は、魔導王を名乗るだけはあるな………………」
「魔導王? 悪いけれど、その呼び名は捨てたの」
二つ名の変更―――それはかつて、マリーが極秘にルーベルトへと申し出て却下された話。
魔導王という名は世界に知れ渡り、その身分、実力を知らしめるに足る名となった。
それを別の名前に変えるというのは聖七冠の権威を揺るがす話だ―――しかし、マリーはその却下を無視。
この戦いより、新たに引き継いだ名を名乗ると決めていたのだ。
「私はもう魔導王じゃない………………今代の魔女、マリー・ジェムエル」
「魔女か………………大いに、忌々しき名だな」
パルステナが指を鳴らした―――すると体内に溜まった薬品を傷として無効化。
体の自由を取り戻した。
「島呑み…………!」
津波を起こし、パルステナへと差し向ける。
波の中には薬品によって魔瘴が混ぜられており、空間を曲げて回避しようとすれば、その魔法自体が魔障に蝕まれる。
「薬品との組み合わせによる魔力自体への攻撃か」
「だけじゃ無いわよ」
次に投げ込んだ薬品によって、波が瞬間凍結。
僅か一瞬パルステナの視界が塞がれた隙に、新たな魔力を練り始める。
「疾風神雷…………落閻石…………砂獄…………砂巨兵…………神樹兵」
凍結した波を雷で砕き、雷の上から被せる様に隕石を落とす。
当然空間の歪みによって砕かれた隕石を砂へと変えて、砂の兵士を生成。
その砂の兵士に神樹で作った武器を持たせ、攻撃力を底上げ。
本体が砂という事もあって、空間を歪められようと完全に破壊される事はない。
これでも、パルステナに傷をつける事は叶わない―――ソレ自体、マリー本人も理解している。
だがそれで良い。
これだけの大規模な魔法を連発してでも、再度攻撃のチャンスが一瞬でも作れるならば良いのだ。
「いけるわね? ガレッジ君――――――」
「抜かったな―――貴様の失敗はただ一つ、勇者への過信だ」
隙をついたガレッジの攻撃は無かった―――代わりに、マリーの体が肩から腰までの一線が両断される。
ガレッジは胴体を両断された痛みにより意識が朦朧としており、未だ戦線復帰成らず。
聖七冠レベルの、痛みに怯む事のない戦士達とばかり戦っていたマリーからすれば、考えもしない自体。
この戦いにやって来たのだから、ガレッジもそのレベルだろうと過信していたマリーのミスだ。
セリシアの回復は、魔力を飛ばそうにも空間に満ちたマリー自身の魔力によって霧散する。
直接触れて回復しようにも、パルステナの隙を突く程の実力はセリシアには無い。
そんな状況、自身の失敗に後悔する時間など微塵も作らず、マリーが新たな魔法の名を呼ぶ。
それはエティシアとの戦いで、今際の際を生き延びた手段。
傷を治すのではなく無かったことにしてしまう、荒技だ。
「|可逆の若人《アブソリュートリジュビネーション 》」
サレンとの戦いによって手に入れた、生命操作の魔法。
それにより、肉体を傷付く以前へと戻した―――そして、仕留めたと確信したパルステナに指先一つでも触れ、次の魔法を呼ぶ。
「不可逆の深老い人っ!」
老いとは、攻撃などではなく当然の存在。
魔族という長命種族からすれば忘れがちな話ではあるが、ゆっくりでも確実に存在する話。
パルステナより寿命を吸い、マリー自身へと流し込み。
自身は長い命を、相手には百年分程の老いを押し付けた。
人間基準では二十年程の話だが、それでも身体機能に劣化をきたすには充分。
これから先の戦いは、楽になる。
「何が飛び出すか分からない不思議のおもちゃ箱―――叔母が魔女と恐れられた由縁よ」
魔女、マリー・ジェムエル―――なんと名乗るかなど、自身で決める。
それが自由の代名詞である冒険者の頂点に君臨する聖七冠の、ルーベルトに対する命令違反と行って差し支え無いであろうワガママの成果であり、彼女の押し通した意地の行く末。
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