勇者の務め
「今代の勇者に聖女と、優秀な剣士と魔導士―――成る程、吾れの前に立つ者として不足は無い様だ」
言うとパルステナの手元に、柄から切先までの全てが光の一切を吸収してしまいそうな黒に染められた片刃の剣が現れる。
魔障剣―――逆巻。
神器の一つであり、神剣ハーリットや地逆鉾―――格は劣るが、霊剣白蛇などと同じく神剣と分類される。
神器には全てに共通する要素がある―――それは、神器自身が使用者を選ぶと言う事。
選ばれし者以外が神器を扱えば、それは忽ち鈍となり牙を丸め。
次に使用者として認める者が現れるまでその力を振うことはない。
神器は時代によって様々な使用者を選んで来たが、その中でこの逆巻は異質とされる―――観測以来ただ一度とて、魔王パルステナ以外に使われた事が無いのだ。
故に逆巻は魔族からは忠義の剣、それ以外からは悪意の剣とされ―――信仰の対象、憎悪の対象と、様々な見方をされている。
「援護、よろしくです…………!」
勇気を持って、ガレッジは飛び出した。
その手に握る剣は業物でこそあれど逆巻と比べれば鈍と遜色なし―――打ち合えば、魔力の出力では足元にも及ばないであろう。
「やはり貴様からか―――では、これまでの歴史を繰り返すとしようか」
「繰り返さないよ、終わらせる―――リア!」
「あい、任せて」
突撃するガレッジの背後に、八つの水弾が―――そこから水針がセミオートで撃ち放たれる事で、この戦いに於ける第一の難関、空間曲げを本命の攻撃以外に使わせる事は達成だ。
懐へと入り込み、小さな範囲でしっかりと加速した刃をパルステナへ向かい振るう。
防御は無造作に添えられた逆巻のみ―――容易に弾けると、そう考えていた。
「魔法を禁じさせればなんだ―――吾れに刃が届くと思うたか?」
「――――――は?」
振るった筈のガレッジの刃が、中心部で断たれた。
まるで豆腐に研ぎたての刃を振り下ろしたが如く、何の抵抗もなく気づきもせずに。
「惚けんな、馬鹿弟子が」
瞬間、この結果を元から悟っていた様に行動を開始していたアリスによってガレッジは魔王の懐という死地より救助された。
ガレッジの事を小脇に抱え、パルステナは距離を開けるために蹴り飛ばし。
無論ダメージこそ皆無ではあるが、死地からの生存が可能ということは確認できた。
それだけで、ガレッジ救助にと飛び込んだ賭けの報酬としては足りる。
「弟子を救うべく、深く潜りすぎたな―――故に、こうも容易く命を脅かす」
「煩え、許容の範囲だ」
パルステナが、右手に掴んだ腕を見せる―――それは紛れもなくアリスの物。
今の一瞬で斬り落とされたのだ。
「大地―――多重層」
「汚り聖域」
マリーが大地を操り、パルステナを一瞬封じるべく七十七層の棺を生成。
その隙にセリシアがアリスに腕を生やし、次の瞬間当然の様に多重層を破壊し飛び出すパルステナに対しての防御耐性を整えた。
どの冒険者でも慣れたパーティであれば当然の様にこなすコンビネーションではあるが、それを聖七冠レベルで行えば魔王を相手取る事も可能。
アリスの検証に続きそれが証明されたところで、次は攻撃へと移行する。
「島呑み」
現れた大波がパルステナを飲み込み、天へと向かい渦巻く。
普段の使用方法とは違い、魔法を放ってすぐ魔法操作を放棄せずに続行。
傷が理由の討伐が無理ならば、窒息による討伐はどうかという狙いだ。
だが、魔族の体の作りは人のソレとは異なる―――魔族は空気を漂う魔力を糧として生きており、口や鼻が塞がれたとしても多少の期間ならば体内に保有する魔力を生命エネルギーに変換可能。
故に、窒息死という概念自体が存在しない生物なのだ。
「なら目的を変えましょう………………水牢形態」
唱えると、渦巻く水が空中に集約されて球体状に。
中心へ向かい激しく流れ続け、外部への脱出を困難としている。
「失敗の克服はその日の内にだ―――行け、ガレッジ」
「はい…………!」
アリスが地面より生やした木刀を受け取り、ガレッジは再度突撃。
リアの魔力共助を受ける事で空中に囚われるパルステナの元まで跳び、木刀を強く握りしめる。
この木刀の素材は神樹であり、一度使いこなした剣を僅かに劣る性能で複製出来るというアリスの固有魔法によって作り出されたもの。
神樹の持つ特性は、神聖力をよく通す―――条件は、揃っていた。
ガレッジは己の持つ唯一の力の名を叫ぶ。
発動は僅か一秒―――だが、その一秒には寿命一年分の重みが込められているのだ。
「――――――聖剣解放ッ!」
その時、木刀より黄金の神聖力が放たれた―――そして、水牢ごとパルステナを斬る。
勇者に唯一許された力―――聖剣開放。
それは寿命を削るという多大な対価によって神の領域に踏み込んだ力。
魔力を焼き切り、パルステナの空間曲げや泥による傷の無効化などの一切を無き物とする―――魔王討伐に特化した力だ。
「どうした、傷浅いぞ―――これでは、吾れの討伐という歴史の繰り返しすら叶いそうにないな」
「言ったじゃん、繰り返しなんてしないって」
短時間であろうと、寿命を削る程の力―――その行使には、相応の体力も消費する。
僅かに上がった息を無理やり押さえながら、ガレッジは強がってパルステナへと向き合う。
それは勇者としての務め―――そして、この戦場に立つ上でガレッジが己に与えた使命を果たすべくであった。
「これからの世界を守る為だけじゃないよ―――パルステナ、僕がお前を、繰り返す運命から解放してやる」
読んでくださりありがとうございます!
もし面白いと思ってくださった方は、レビューや感想、ブクマなどもらえると嬉しいです!
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




