失意の果て
「アンタが出て行って三年―――頭角を表し始めた人権団体によってコロシアムは解体された。それ自体別にどうだっていいわ。私、あの場所嫌いだったもの」
無数の白蛇を操り、フェンデルへと襲い掛からせながら自嘲するメノスピュラ。
彼女にとって過去はセピア色に廃れた青き日々であり傷。
それを脳内に甦らせる対象を前に、普段の間抜け面を保つ余裕は無いのだ。
「霊剣白蛇―――これ、覚えてる?」
「アレお前か…………!」
かつて任務で冥国の調査へと行ったフェンディルだが、その際とある社の宝である剣が盗まれるという騒ぎがあった。
剣の名は、霊剣白蛇―――二匹絡みつく白蛇の形をした柄と、蛇の牙が如く白々とした刃が特徴的な、冥国に伝わる宝剣が一振りである。
「問題は貴方が戻ってこなかった事―――私、待ってたのよ」
「あの檻から飛び出して気づいた、戻るわけにはいかねえとッ!」
パワフルに、打撃で白蛇達を蹴散らす。
だが四肢での攻撃では捌ききれぬ程白蛇の数は多く、死角より現れフェンデルの首へと巻きつく。
「白の絞縄―――息絶えるまで締め付ける」
「名の通り、こりゃあ首飾りにしかならねえぜ」
「貴方、ゴリラの獣人だったかしら?」
常人相手であれば骨が砕け、首がひしゃげてしまう程の締め付け。
だがフェンデルは、その分厚い首に搭載された筋力のみでそれを無力化したのだ。
「いいぜ、お前相手だからこそらしかねえ話をするが、俺はあのコロシアムじゃあ生きれねえ―――強え奴と戦いてえ、強え奴と並びてえ。広い世界で自分の望む様に、思うままに生きるッ! でなけりゃあ、俺は息が出来ねえ生き物だッ!」
襲いかかる白蛇のサイズが、次第に大きくなる。
だが足場となっている白蛇のサイズは変わらず―――つまり、足場の白蛇が分裂して攻撃様白蛇の割合が増えたわけでは無い。
では何故攻撃の手が強力になり始めたのか―――その答えは考えるまでもなく、すぐに明示された。
地上より、自らの体で橋を作り白蛇が登って来ているのだ。
「なら、どうして迎えに来てくれなかったの………………! あの檻から、私を助け出してくれなかったの…………!」
白蛇を自身の背へと繋ぎ、羽の形を形成。
羽ばたき宙を進み、霊剣白蛇をベネティクト目掛け振るう。
「随分と、強くなりやがったな…………」
「こんな力、欲しくなかったわよ!」
「武力の話じゃあねえよ、馬鹿野郎が」
迫り来るメノスピュラを見て、半歩下がって間を作ってからフェンデルは跳ぶ。
くるりと宙で一回転して、メノスピュラの背後へと回り込んでから振り返り―――羽が生えた事によって捲れ見えた、メノスピュラの背へと目をやる。
「その傷が、もう晒せるんだなって事った」
「今更、何を…………!」
メノスピュラは、カムラッドと妾の娘であり蛇の獣人―――奴隷ではないにしろ、彼女の幼少期は迫害の日々であった。
権力者の娘であっても獣人というだけで差別は起こる―――剣で、鞭で、打撃で、服に隠れる背へと傷が増え、いつしかメノスピュラは人前で絶対に背を露出しない様になったのだ。
「この傷は、弱かった私の証明…………! 世界を恐れていた私が、世界に恐れられる私になるためのシンボル…………!」
間を開けず再開されるメノスピュラ本人の手による猛攻―――それに気を取られた一瞬、フェンデルの両腕が白蛇に絡め取られた。
即座に振り解こうとするが、瞬間迸る激痛。
白蛇が腕に噛み付いたのだ―――牙には魔力操作の阻害と身体麻痺の毒が秘められており、フェンデルであろうと脱出は困難となった。
「なっさけない―――外の世界でしか息が出来ない? 私にも勝てないアンタみたいな奴は、あのコロシアムがお似合いだったのよ」
「そうか…………それが、俺がお前に取らせた答えか」
「何よ、まだカッコつけるの?」
霊剣白蛇を、フェンデルの顔の横へと添える。
だがフェンデルに怯える様な様子は一切なく―――その瞳は、真っ直ぐメノスピュラへと向けられていた。
「遅くなった―――場所は用意したぞ、迎えてやる」
「何を――――――っ?!」
言うと、フェンデルは霊剣白蛇の刃を噛み砕いた。
同様に魔力操作を誤り、一瞬ながらメノスピュラは蛇の操作権を失い―――魔力の注がれていない非力な蛇ならば、今の状態だろうとフェンデルの自力で振り解ける。
「不味っ…………!」
「終わりだ」
体格差を利用して、もたれかかる様にメノスピュラを制圧。
今からでも魔力強化の効くメノスピュラに力負けする事を防ぐ為、骨格でその動きを停止させた。
「メノスピュラ、戻ってこい―――お前の居るべき世界は、そっちじゃねえ! 俺と一緒に来いッ!」
それは、メノスピュラがあの日より求めていた言葉―――自身をあのコロシアムより連れ出して欲しいと、求め続けていた言葉であった。
それを聞いてしまったからには、もはやメノスピュラに抵抗の必要も意識も無い。
この戦場最初の決着は、両者無傷にて着けられた。
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