古びた狼
空中にて、自身で殴り上げた大蛇に掴まる事で落下を阻止するフェンディル。
このまま地上への落下を許さず殴り続けるだけならば容易―――しかし、どうも攻撃に手応えがない。
己の拳が効いているんだか効いていないんだか、宙に舞う紙を殴った様な空虚が拳にはあった。
「アハハっ! 惨めねえ〜。拳王なんて呼ばれても私のペット一匹も殴り倒せないで、ここで一人バカを見る―――あぁあ、おもろ」
「そうか、サンドバッグにされるのがそうも面白えかッ!!!」
大蛇の口元へと移ると、上顎下顎を掴んで上下に裂く―――しかし、その傷口から小さな白蛇が溢れ出して傷を塞ぎ。
それどころか、元々ある蛇の形をした巨体すら無数の小さな白蛇として分裂してしまう。
「安心しなさい、フェンデルっ! 貴方のへなちょこパンチ、しっかり表面には効いてたわよ」
「性格が悪いのは昔っから変わらねえなァ、メノスピュラ!」
「へぇ、覚えてたの」
大蛇に見えていたソレは、実際のところ長さ五センチもない様な白蛇の集合体。
それぞれの配置を変える事によって、ただの大蛇に羽を生やし空中での安定した体制を入手。
それに何とか飛び乗る事で、フェンデルも足場を手に入れた。
「さっきは眉間に皺寄せて、なんだぁ? なんて言ってたくせに」
「お互い年取ってんだ、今気づいただけでも御の字ってモンだろ」
大蛇の上で、合間見える―――どうやら大蛇の中に隠れていたメノスピュラが堂々と姿を表し、妙に落ち着いた表情でフェンデルへと視線を向け。
その姿に、普段の間抜けさは無い。
「コロシアムぶりね」
「コロシアム以外で会った事があったか?」
「あるわよ、馬鹿」
遠い日である―――今より二十年も前の事、二人は同じ世界に居た。
煉瓦の壁に囲われた、晴天の見える狭い世界に。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
甲高い音を鳴らしながら剣戟で満ちるフィールド内、何も武器を持たぬ少年は考える―――今日、死ぬかもしれないと。
フィールドより見える青空を漠然と眺めながら、最低限攻撃から逃げ回りこれまで五年。
彼にとって死とは生よりも身近なもので、少し目を瞑ればそこに見えるものであった。
「お前で、ラストっ!」
「ラスト? 何が?」
背後より聞こえた声に反応して、屈む事で大男の放った剣の一閃を回避。
追う様に振り下ろされた剣の側面を沿う様に、フェンデルは拳を放ち―――噛み締められた相手の顎を、一撃で砕いた。
「ラスト…………ああ、そういう事か」
周囲見渡すと、立っているのは自分一人――――それは、自分の今日の仕事が終わった事を示している。
「またも! またもッ! またもや〜ッ!!! このガキが生き残った〜ッ! 少年フェンデル、炸裂ッ!!!」
実況の大声と観客の歓声が響く中、フェンデルはフィールドより立ち去る。
光差さない裏の控え室では、フェンデルの他に今日を生き残った者達が新たな生存者を待ち入口を睨んでいた。
不衛生、不健全―――傷ついて抵抗力のなくなった者を食い物にしてやろうと狙う男達は、息一つ切らさず無傷の生還を果たしたフェンデルを見て落胆。
その感情を長持ちさせずに、次の獲物を待ち―――その目をぎらつかせる。
狼の獣人フェンデル、十五歳―――未だ拳王と呼ばれる前の、奴隷時代だ。
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