狂人
「通して下さい…………っ! また、私の居ない所で、どうして………………っ!!!」
秋臥の命に関わる負傷というのは、その大半が香菜の目の届かぬ所で起きていた。
過去、トラオム時代での腹に銃撃を受けた際や、こちらの世界に転生してくる際の死。
全てが、香菜の知らぬ場所で起きた出来事だ。
それらの出来事は、秋臥の肉体に傷として刻まれ。
そして、香菜の心にも治らぬ傷として刻まれている。
「そう叫んでも変わらないわ…………少し、眠っていなさい」
「何をっ――――――」
医療魔術師の集う部屋の外―――取り乱す香菜の首筋にマリーが触れる。
指先より弱い魔力を流して、脳を揺らし。
軽い脳震盪を起こす事で、瞬時に香菜を気絶させた。
「すまない、僕が不甲斐ないばかりに………………」
「貴方のせいじゃないわ、ベティー。敵の魔力隠蔽は完璧だった………街中に張り巡らせた私の探知ですら、攻撃の直前まで察知出来なかったのだもの………………」
ベネティクトとマリーの二人は、治療中の秋臥の護衛として残り。
他聖七冠メンバーは襲撃犯の捜索へと街へ飛び出した。
今日の着位祭で、皆が秋臥の強さを知っている―――その秋臥に対し、不意打ちとはいえ一度は致命傷を与え、続き危篤の重傷と陥らせる実力者が野放しになっているのだから、放っては置けない。
護衛に残った二人は、全神経を研ぎ澄まし敵の侵入に備え。
マリーは範囲を病院に限定する事で精度を上げた魔力探知に加え、虫一匹にまで反応する生態センサーを張り。
ベネティクトも同じく魔力探知を張り巡らせた上で、腰の魔動銃から手を離さない。
だからこそ、不意を突かれた―――ソレは外からの僅かな反応も、内側での転移系魔力反応もなく、無より現れた。
「――――――諸君、肩の力を抜くと良い」
「ッ………………!」
「紅炎……………!」
ベネティクトが発砲。
続いてマリーが炎を放つ。
だがソレは瞬きすらせず―――攻撃が全て体をすり抜け、背後の建物を破壊するだけだ。
「無駄だ―――今ここにいるのは私の姿だけ。実態は別の場所にある」
「………………何者?」
「名乗らせていただこう。私は代弁者―――巴山総司。不祥、そこの馬鹿の父だよ」
視線で香菜を示す。
だが二人は興味を持ちはしない―――問題は何故この男が姿を現したのかだ。
実態がない状態でも一方的な攻撃が放てるのか、自身に注意を向けさせた状態でどこか別の場所に攻撃を仕掛ける算段なのか。
考えを巡らしていると、それを見て総司が小さく笑った。
「いや、すまないね―――君達程の実力者が、私を前にそうも空回りしているのを見るとおかしくて。言っただろう? 肩の力を抜くと良いとな」
「何が目的………………?」
「人の話を聞かず、質問ばかりだね君は…………配慮がない。人生経験の浅さが滲み出ているんじゃあないのか?」
言うと同時―――総司が一歩前進すると、空気が割れるに高密度の魔力が放たれた。
「良いかい雌餓鬼、気を遣われたらありがとうございますだ―――尻を叩いてやりたいが、今日は勘弁してやろう」
自尊心を保つための、人を見下す話し方―――元の世界でトラオムの経営をしていた頃より変わらぬ癖だ。
二人の間をすり抜けて、秋臥と医療魔術師の居る部屋部屋へと繋がる扉の前へ。
余裕の素振りで振り返り、悪辣に笑う。
「私は今日、瀕死の彼の惨めな姿を笑いに来たんだよ」
魔力を放って、その勢いで扉を開いた。
そしてプレゼントの包み紙を剥がす子供の様な心持ちで、惨めな秋臥の姿を期待し振り返る。
その直後を見たベネティクトは思う―――怒髪天を突くと言う言葉を作った誰かは、きっとこれと同じ様な光景を見たのであろうと。
「あの男を、何処へやったッ!!!」
「応える馬鹿じゃあないよ、僕達はね」
怒りによる魔力の放出で、髪の毛が逆立って見える。
そのエネルギーの熱量によりベネティクトとマリーの二人が流した汗は端から―――それどころか、病院中の空気が渇き始める。
「何も殺してやろうというわけでは無いッ! ただ惨めったらしい姿を見て笑いたいだけなんだよッ!!! 私はあの男に殺されたんだッ! これぐらいの返礼があっても許されるとは思わないかねッ!」
絶叫―――正気では無い。
呆れ失笑を漏らすベネティクトと、理解不能である思想の総司に僅かな恐怖を覚えるマリー。
訳も分からずナイフを振り回す酔っ払いと似た様なものだ―――常識を受け入れようとしていない者に、常識は通じない。
目の前の男は、狂ってしまっている。
「……………………耳障り」
言葉にならぬ言葉を叫び続けて喉が切れ、血を吐こうとも黙ろうとしない総司の声が、その一言で掻き消えた。
かつて聞き慣れた怒声と、すっかり慣れてしまった戦場特有の張り詰めた空気に触発され、気絶したばかりの香菜が目を覚ます。
そして気絶直前まで全身に満ちていた怒りにより、口を突いて出た言葉であった。
「耳障り―――ほう、言う様になったな」
「憤懣に溺れ、体裁も失う猿……………………なんとも滑稽だとは思いませんか?」
「父に向かい、何をッ!」
一瞬は冷静さを取り繕ったものの、直後香菜の言葉に怒り、自身の実態がこの場に無い事をも忘れて駆け出す総司。
当たる事もない殴打を放った総司の体は、次の瞬間宙吊りとなっていた。
「秋臥を厭悪すると言うならば、私は貴方を殺しましょう―――先ずは、縊死をもってして」
「お前………………っ! 私に対して、何をしてあるのか…………っ分かって………………っ!!!」
総司を宙吊りにしているのは、首にかけられた極細のワイヤー。
言葉を言い終えるより先に喉を締め付け、気管を完全に塞いだ。
その状態で一分半踠き続けた頃―――窒息と、自身の溢れる唾と泡により溺れた事で総司は昏睡。
それと同時に実態の無い体が霧と消えた。
マリーは何も言わずとも、驚きの視線を香菜へと向ける。
香菜が今総司を倒せた理由が理解出来ないのだ―――人類史始まって以来の天才であるマリーを以てしても、説明出来ない事情であった。
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