安全な部屋
闘技場を囲む街の一角、この世で最も安全であろう一室があった。
酒場、銀華蝶―――この街でも人気の店で個室を貸し切り集まっていたのは他でもない、聖七冠の面々とその他少数。
着位祭の打ち上げであった。
「いやあ、しかし見事であったっ! かつてエルフの森で行われた戦いを見てはいたが、その時とは別人の様な技のキレっ! 天晴れと言う他無いなあっ!」
集合直後だと言うのに既に樽一つを空にしたドラグが足を叩き、笑いながらに言う。
彼の身の体重に絶えず壊した椅子の代わりに、自ら空とした樽を椅子にする姿は、豪快の一言に尽きよう。
「成長、と言うよりかは路線を変えたな。違うか?」
「…………その通りです。エルフの森に行った頃は、昔の戦闘スタイルになんとか自分を戻そうとしてて、今は今出来る最大限で動いている感じで」
ドラグの言葉を継ぐ様に、フェンデルが問うた。
それに秋臥が答えると、僅かに考え込む様子を見せる―――自身との戦いの最中、僅かだがその昔の戦闘スタイルというものの片鱗を見た様に感じていたのだ。
「昔のスタイルなぁ…………今の実力と昔、比べるとどっちが強い?」
「魔力抜きで言えば、断然昔でしょう―――魔力での身体強化で節々補っては居ますが、フェアで割り合えば今の実力が精々八割届くかどうか。張り合いにもなりませんよ」
「ほうっ、それ程か!!!」
驚き声を上げるドラグと、真横で突然に叫ばれ耳を塞ぐフェンデル。
ドラクの認識では、今が秋臥の成長期―――常に全盛期の、伸びる時期であると感じていた。
だがその実は劣化した状態であると言うのだから驚くのにも無理はない。
「ではどうであろう、また後日改めて徒手空拳のみに縛り手合わせというのはっ! 少年に敗北した身とは言えこれでも聖七冠、良い相手になり得ると思うぞっ!」
「良いですね、是非御相手願いたい」
そんな事を話す秋臥達を、少し離れた位置より眺める二人が居る―――最後の最後、本日の華を見事に攫って行った者達だ。
ちびちびと酒を楽しむベネティクトと、僅かな量の飲酒で既に頬を赤らめ、蕩けた表情でベネティクトに体を預けるマリー。
二人はマリーの初飲酒の日より、度々酒場へ足を運んでおり―――今日の打ち上げにこの店を提案したのもベネティクトだ。
「ベティーも、ああ言う話に混じりたい思うの………………?」
「僕は戦闘好きな性格じゃあないからねえ。酒を片手に騒ぐよりかは、あんな声を肴に飲む方が性に合ってるよ」
「…………じゃあ、今つまらなくないのかしら…………?」
「勿論―――寧ろ、ベストポジションに収まったと言って良いぐらいだね」
言っていると、ベネティクトの同伴としてやって来たものの既に半泥酔状態のリーニャが背後より忍び寄る。
ついさっきまでは別の席で香菜と話していたが、酒の肴が切れたので遠征にやって来たのである。
「おししょ〜! またですかっ! またっ! 女ったらしですかっ! 昔っからおししょ〜てば変わらずで、弟子として私は恥ずかしいっ!」
「僕はこれまで、最良の選択肢を選んできたと思っているけどね………………君に酒の味を教えた事だけは失敗だと思っているよ、リーニャちゃん」
所々声がひっくり返り、かろうじて呂律が回っている様子のリーニャ。
それに苦笑いしながらベネティクトが対応していると、二人で話していた時間を邪魔された事にご立腹のマリーが指先に魔力を集める。
酔いは魔力の回りを悪くすると言うが、マリーは例外。
彼女にとって、完全でない瞬間など無いのだ。
「………………強制帰還っ!」
指先より放たれた光弾がリーニャに当たると、その姿が消えた。
対象を十分前に居た場所まで戻す魔法―――魔力による抵抗を行われた場合は発動しないので戦闘には不向きだが、この様な酔っ払い相手ならば有効。
今頃リーニャは、訳も分からず元居た香菜の側で唖然としているであろう。
「今日はやけに、気が早いんじないかい?」
「邪魔をされて、腹が立ったのだもの…………」
そうは言いながらも、邪魔を消す事が出来て満足気なマリー。
打ち上げ解散間際の様な酔い方をしている者も多く居るが、未だ集合より三十分経たずの事であった。
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