大恩
昔墓守という職業柄、人に恐れられた。
近づけば呪われると、飲食店の入店ですら断られることもあった。
そんな事もあって、メイスはどんどん卑屈に―――やがてその周りの目を楽しむようになり、とあるいたずらをするようになった。
「皆様! 今の獣人、エルフを取り巻く環境は劣悪そのものです! 王により奴隷解放が宣言され早五年、それ程の時間が経ちなお! 彼らに向けられるのは迫害の目でありますッ! 今こそ、彼らの手を正しく取るべきなのです!」
種族差別に対する意識改革を、大通りで演説する男が一人。
メイスはそれに歩み寄って行くと一言声をかける。
「貴方は、誰の手も取ってくれるのですか…………?」
「ええ、例えその手が泥に塗れていようとも、差し伸べられた手ならば握りましょう」
「なら………この手も…………」
言うと、メイスの背後より一本の手が伸ばされた。
濃く圧縮された亡者の魂―――それをただ一つの化身とした、メイスの操る死の体現者の手である。
「ばっ…………化け物っ!」
悲鳴をあげると、男は逃げて行った。
何が平等か、死者となれば同じ人間の手すら握れない者が。
そう卑屈に笑いながらもメイスはその場を去る。
暫くたった日、路地裏に倒れる獣人の子にパンを分ける女が居た。
優しく手を包み込み、パンを決して落とさぬ様にしっかりと持たせている。
女の姿は修道服―――シスターであろう。
メイスは以前と同じように女に声をかけた。
「貴女は、この手も握ってくださるのですか…………?」
「その手が、寂しさに震える手ならば」
メイスはまたも、亡者の手を差し出す―――するも女は躊躇なく、亡者の手を握った。
「貴方も、寂しかったのですね」
女はたじろぐメイスに少し待つ様言うと、側に置いていたパンが幾つも入ったカゴを獣人の子供へと渡す。
「腹を満たせたら、貴方の知っている腹の減った人達に分けてあげなさい。私が貴方を助けた様に、貴方も人を助けなさい」
子供の身長に合わせてしゃがみ込んだ状態でそう言って、一度頭を撫でると、立ち上がり改めてメイスへと目を向ける。
「もし温もりを求めるならばついて来てください。貴方を怖がらない人々の集う場所へと貴方を案内しましょう」
女は静かに歩き出す。
路地裏を抜けて、大通りへ続く道を。
「ーー――――私の名はセリシア。俗に、聖七冠と呼ばれる者の一人です」
これが聖女、セリシアとの出会い。
そして、メイスが正気を失ったドラゴンの死骸を冒険者ギルドへと持ち込み聖七冠へ成る、一週間前の出来事である。
セリシアは普段と変わらぬ人助けをしたとしか考えていないが、メイスは大恩を得たと考えている。
自分と同等かそれ以上の実力者達に囲まれる環境へと連れて行ってくれたセリシアにいつか酬ようと実力を磨き続けた。
彼は自分の力を疑わない。
それを疑えば、自分が高みに至れると信じてくれたセリシアを疑うも同義。
メイスにとって、セリシアとは絶対の象徴なのだ。
それはセリシアが冒険者を辞めようと―――聖七冠を脱退しようと変わらない。
セリシアその人こそが、絶対なのだから。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




