百獣の王
着地と同時、頬へとめり込んだ拳―――それをものともせず、フェンデルも拳を振るう。
秋臥は身を回転させて攻撃を回避すると、その勢いを殺さず、身を回転させて裏拳を放ち。
それを片手で抑えられた所で、一度仕切り直そうと距離を開く。
「まだまだ物足りねえぞッ!」
「命がいくつあっても足りないなあ…………!」
秋臥の攻撃は、ダメージこそ入っているが、大きく怯むことも無く。
それに対してフェンデルの攻撃は、一度喰らえば即致命傷となり得る。
秋臥にとって、全ての攻防が針の穴に糸を通す様な作業。
それを聖七冠のクオリティーで行うのだ、疲れないわけがない。
開いた距離を潰すべく突撃するフェンデルに応戦―――秋臥は攻撃を抑えるのではなく流し、回避し、ダメージを最小限ではなく皆無に住ませるべく動く。
隙間隙間で攻撃を挟み、少しずつペースアップ。
動作一つ一つの速度は、僅かに秋臥が勝っていた。
「凄えなテメェ…………! 最長記録だッ!」
悦び、喉を鳴らし言うフェンデル―――瞬間、思い切り床を踏み抜いた。
砕けたフィールド全体の足場が、更に不安定なものへと。
秋臥が体勢を崩した一瞬で跳ね上がり、落下の勢い全てを拳に乗せ振るう。
「これだけ長く殴り合うのは、初めてだッ!!!」
「銀骸っ!」
大きさではなく、魔力密度を優先した氷の鎧。
それは秋臥の両腕に纏われ、降り注ぐ攻撃から身を護った。
拳王フェンデルの攻撃を受けて無傷―――これまで、守護者ドラグを除きその異形を達成した者は居らず。
並以上の魔力防御を施したとて、肉が爆ぜる威力の攻撃である。
無傷で防御に成功したとはいえ、余りの威力に腕が痺れる―――そしてそれに配慮する事など無く、追撃。
秋臥は腕を上げる事すら叶わない。
顔面目掛けて振るわれる剛腕―――フィールドを囲む観客達は目の当たりにした。
秋臥の顔面にめり込む拳を―――そして、次の瞬間驚愕する。
その威力に縦で回転した筈の秋臥の足が、鈍い音を上げてフェンデルの顎を蹴り上げたのだ。
「ッ…………!!! 自分から回りやがったな!」
「ご明察…………!」
フェンデルの拳に残る不快感―――拳が当たる瞬間、秋臥は自らバク宙。
舞い落ちる花弁を殴ったとて意味がないのと同じだ。
宙に舞い、その勢いに便乗する柔らかな相手に対して、殴打は意味を成さない。
これまで、互いどの戦績を見ても経験のない技術―――肌同士が触れ合う零距離での、顔面をでの攻撃受け流し。
フェンデルの攻撃は一切妥協のない技により、威力そのまま蹴りとして返される事となった。
「効くなァ…………ッ! 昔を思い出すッ!」
顎の骨に罅が入った―――だがフェンデルは嗤う。
かつて巣まわっていた、灼熱を思い出しながら。
「嗚呼、丁度ここだ――――――」
しゃがれた声に、僅かな感傷が籠る。
このコロシアム―――かつては奴隷の闘技場とされていた暗き歴史を持つ土地。
この国がクロニクルに所属したのは近年のこと―――それまでこの国で獣人は、捕らえ奴隷とされていた。
「肌の痺れる、このコロシアムの空気だ………………!」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
二十年前―――フェンデルが未だ、十六歳の少年であった頃。
フェンデルの世界は、怪我人の呻き声が響く暗い檻と、狭い空の見える舞台のみであった。
舞台では日夜殺し合いが繰り広げられていた―――趣味の悪い金持ちに命じられ魔物と戦う者、屈強な戦士同士で戦う者、兄弟で殺し合う者や、親子で殺し合う者。
その地獄と呼んで遜色ない場所が、フェンデルの世界であった。
彼は同時、無敗の戦士として名を馳せていた。
十六歳という若さ、そして年相応に発展途上の肉体でありながら、その野生を思わせる凶暴な力で敵を屠る、無敵の王者。
同時のその立場が、聖七冠となってなお彼を彼たらしめているのだ。
肉体一つ敵を屠る―――殴り合い、真っ向勝負で敵は居ない。
それが、拳王フェンデルなのだ。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




