打撃戦
着位祭―――聖七冠の初期順位を決める為の行事。
一度着位してしまえば、その後は下剋上制度などにより、飛び級式に順位を上げることもできる。
だがここ五十年―――下剋上が行われ、成功した事は無い。
聖七冠というのは、やはり皆天才の集まり。
下位の者が成長した所で、上位の者も成長している―――故に、位の決定というものは殆どが着位祭で終わる。き
初動こそが、最も大事とされているのだ。
だからこそ、秋臥は現在驚愕していた。
聖七冠四位―――星墜ベネティクト・カマンガー、対秋臥戦辞退。
不戦勝で、四位の席を譲る形となった。
次の対戦相手は三位、拳王フェンデル・デンリッヒ。
筋骨隆々―――茶焦げた色をした毛髪を無造作にオールバックで纏めた、鋭い目つきの獣人だ。
秋臥が見た彼の戦闘記録より得られた情報は至極単純―――ただ、強い。
彼は魔法を使わない―――魔力の使用用途は身体強化のみ。
己が肉体のみを武器として、分かりやすい単純な力で敵を屠る。
分かりやすく強いという点において、聖七冠で最もルークに近いのはフェンディルであろう。
「実物を見てから、ずっと思ってた―――テメェと戦てえとな」
「悪いけど、僕にその手の趣味はないよ」
対戦開始直後―――第一試合のように即攻撃とはならずに声をかけられた。
互いにゆっくりと距離を縮めながら、相手の出方を窺う。
間合いが重なり合ってなお距離を縮め続け、互いの息が届く距離まで近づいて漸く、態とらしくフェンデルが手を挙げた。
一本ずつ指を折り、見せつけるように拳を作り―――そして何の技術を凝らすわけでも無く、ただ思い切り振り下ろした。
その単純軌道に、難なく秋臥は対応。
片手で攻撃を流して、勢い止まらぬ拳を床と激突させた。
瞬間―――フィールドが割れた。
これが聖七冠の着位祭が盛り上がる所以の一つ―――その戦闘規模は、一撃一撃が当然のように地形を破壊する破壊力を有する。
ドラグといい、フェンデルといい、一撃目でフィールドは原型を失うのだ。
「ちゃんと強ェな…………テメェなら、しっかり戦えそうだッ!」
そういいながら、床に突き刺さった腕を引き抜いて振り上げ。
風圧が砕けた瓦礫を噴き上げ、打撃を回避した秋臥の頬を僅かに裂いた。
「最初から最大で行かせてもらう…………っ! 大紅蓮、咲殺!」
秋臥が行ったのは、巨大な蓮の葉を氷にて形取り敵を封じ込める魔法。
かつてこの世界で初めての魔法戦で使い、欲豚の水飴を接種したゴルシアを討伐した際の魔法だ。
指一本動くことを許さぬ終結を望んだのである―――だが叶わず。
砂の中に手を突っ込み、その中で指を動かすのと同じ要領だ。
一ミリの隙間もない氷の世界を、全身の筋力のみで砕いて見せた。
驚愕に目を見開く秋臥の耳に入ってきたのは、砕けた氷が地面に落ちる音と、何が楽しいのか爆笑するフェンデルの声。
悍ましき鬼の宴に似た、空を越えてもまだ響くであろう笑い声であった。
「こんな魔法じゃあ俺は殺さねェぞ! 緩りィては使うな、テメェの全力で俺を殺しに来いッ!!!」
「……………………鬼退治とするか」
確証を持って、魔法でフェンデルを封じる事のできる手が無いわけではない。
だがそれは奥の手―――ここで、不特定多数に見せるわけにはいかない手だ。
フェンデルの忠告に従い、秋臥は魔法を駆使した戦闘は放棄。
魔法の備えに回していた魔力を全て身体強化へと回し、肉弾戦へと備える。
前後に置いた足の爪先に重心を置いて、体は敵から見た的を減らす為の半身。
手は利き手である右を顔の側で緩く握って構え、左は腰の側で全てに備え。
丹田から四肢の先まで、丁寧に魔力を巡らせる。
呼吸は態と不規則―――攻撃のタイミングを読ませない為だ。
視界は攻撃に狙う場所だけを睨むことなく、点でなく面で視界を広く取る。
それを見たフェンデルは、切り裂けんばかりに口角を上げる。
自分に真正面から打撃戦を挑む猛者が現れるのはいつぶりであろうか―――自分を前に拳を握る相手が現れるのは、いつぶりであろうか。
望ましい敵の現れ―――ただそれだけが、フェンデルを心の底より悦ばせた。
「テメェ……………加臥秋臥……………! 最っ高だッ!!!」
無意識の内、歓喜に上げた声―――涎を垂らした口元に与えられたのは接近と同時、最上の一撃であった。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




