魔の極地
着位祭の前哨戦と言っても良いだろう―――条件は本来と同じく、マリーの展開した結界の中での戦闘。
空中要塞花園の外部に用意された舞台の中、この世界に於ける魔術の最上であろう二人が向き合う。
世界の魔術マニアが、全財産を叩いてでも見たがる対戦カード。
その戦いの幕開けは、仕切りを任された秋臥の投じたコインがタイルに転がる音が鳴ったときであった。
「紅炎…………!」
恒例として初手に放たれた炎は、目標のサレンに届くより先に空中で霧散―――マリーの扱う零の領域が魔力消費の零ならば、サレンの扱う零は魔法の発動時間。
放つ魔法の名を呼ぶ事すら不要とし、後手に放った魔法でマリーの紅炎に含まれた魔力を老いさせ劣化させ。
自身に届くより先に魔法自体を消したのだ。
だがその程度のことはマリーとて予測していた。
霧散した炎の背後より、大波が現る。
島呑み―――炎とは違い質量のある水を魔法で老させ消すには魔力の消費が大きすぎる。
故にサレンが取った手は、単純な自己の身体強化。
タイルに手を突き刺して体を安定させ、波に流されぬ体制を作り出してからひたすら耐え。
波が過ぎ去った瞬間、次の攻撃に利用される可能性のある衣服や体に滴る水だけを蒸発させる。
「…………神樹兵」
「良いわ、その遊び付き合ってあげましょう」
二体現れた樹木の兵を見て、何がおかしいのかサレンは僅かに笑い、手持ちの種子を二つ取り出す―――それを地面に落とすと、魔法で即座に成長させた。
本家本元、神樹兵。
マリーのものは魔法で再現した贋作に過ぎないが、サレンの物は本物。
僅かな魔力信号の合図に従い、双方二体ずつ―――本物と偽物の神樹兵が駆け出して互いに衝突。
一体五十メートル規模の巨人四体が思う存分に殴り合う中、マリーとサレンの二人は巨人の体躯の上に上がり立体的な戦場を駆け回る。
箒での飛行により機動力では一つ上を行くと想定していたマリーだが、サレンは神樹兵の体を局所的に成長させる事で跳躍や着地の補助を行い立体軌道を可能と。
機動力は互角となり、その戦況は誰にも予測できないものに。
神樹兵の巨体を交わしながら細かに魔法を散らすマリーと、それらに対処しながら決定打となる一撃を放つ瞬間を窺うサレン。
このままでは千日手だという所、先に仕掛けたのは、賭けに出たのはマリーであった。
箒飛行の最高速度でサレンの元へと特攻―――手には結界術の構築を。
神エティシアを封じる為に設計中の結界、プロトタイプだ。
現状態でも完全にサレンを閉じ込めれば、脱出までに一週間は時間を稼ぐ事が可能であろう。
「空断片、展開…………!」
「未完成品ね―――惜しいわ、もう少し速ければ良いものになると思うのだけれど」
空断片は、世界の断片を展開してその隙間より対象を虚数空間へと封じる結界術。
一度成立すれば、難攻不落の監獄となるであろう―――だが、いかんせん展開から成立までの時間が長い。
直接相手に押し当てて展開してから実に十五秒―――戦闘中の十五秒は、充分に戦況を変えうる時間だ。
サレンは空断片に対して、老いではなく若返らせる事で対応。
老いさせては、成立までの時間を縮めてしまうだけ―――ならばいっそ、展開前の状態まで戻してしまおうという考えである。
サレンの取りうる手としては最適な物であった―――だが、マリーの賭けはここからであった。
「――――――強奪っ!」
サレンのかけた魔法のごく一部、魔力指揮権を奪う。
空断片から抜け出せなくするためではない―――奪った魔法の使用先は、自身の腕に対してであった。
マリーの固有魔法である全知全能は、一度体験した魔法を暗記。
自身の魔法へと作り変える。
「不可逆の深老い人っ!」
そのとき、初めてサレンは理解した―――マリーが何故自分に戦いを挑んだか。
自分の魔力切れを待たず、空断片を用いた無茶な賭けに出たのかを。
マリーはこの戦いの結末になど、毛程の興味も持っていない―――ただ求めていたのは、魔法。
サレンの生命を操る魔法を手に入れる事だけを目的としていたのだ。
「人間の寿命しか持たない貴女には、扱い難い魔法よ」
「どうせそう使わないわ………………ただ一度、一瞬だけ使いたいの」
「なら良いわ、精々気をつけなさい」
マリーの手は、自ら強奪して浴びせた魔法により他の肉体部分に合わず若返る筈であった。
だが、そこに追加で老いをかけた事で元の様子に―――手に入れたばかりの魔法をこの精度で使い熟す事は、マリーの才能を持ってしても駆けだったのだ。
サレンとマリーの双方が満足したように、戦い続ける神樹兵を消す。
向き合い、一度礼を―――どうなるかと皆が危ぶんだ戦いは、意外にも静かに、魔術師同士の血統における儀礼を持って仕舞とされた。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




