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いとしのエリー

 幸せの絶頂と呼ぶに相応しい―――二人の結婚から二年。

 エリーの腹は、幸福に膨れていた。


 決して肥満ではない、新たな生命だ。



「エリー、最近は冷えるようになった。外に出るなら上着を着て」


「ええ、ありがとう」



 家のテラス、ロッキングチェアに腰掛け庭を眺めるエリーの元へと歩み寄るアスター。

 肩にブランケットをかけてやると、その背もたれに片腕を乗せて体重をかける。



「何を見てた?」


「リスが居たのよ―――この時期では珍しいと思って」


「邪魔しちゃったかな?」


「いえ、丁度逃げちゃって中に戻ろうと思っていた所だったの」



 それを聞いたアスターが手を差し出すと、その手を借りてエリーは立ち上がる。

 重ねられた二人の指には、同じ指輪が嵌められていた。



「ごめんなさい、家の事全部任せっきりで」


「君は僕が休んでいる間も、休まず子供を守る仕事を続けてるんだ。任せっきりだなんて思わないし思えないよ」



 この家は村の側、森の中にある少し開けた場所に建てられた。

 幼き頃のエリーが巨大な魔獣に襲われ、アスターに救われた地である。


 時期はリスも眠る十一月―――日が沈むのも早く、二人が部屋に戻って三十分程度で日が暮れ。

 簡単に支度した夕飯を食卓へと並べ、いつもと変わらぬ団欒の時間を過ごす。


 その最中、村の方向より騒ぎ声が聞こえた。



「今日祭りの予定なんてあったかな?」


「………………いえ、何もなかった筈よ」



 外に出て見ると、灯りが―――聞こえて来た声は、決して幸福故とはは思えないものであった。



「エリー中に戻って、寝室の鞄を持って地下室に…………!」



 それだけ言うと、アスターは村へと駆ける。

 両手に魔剣を握って、最悪の事態に向けた想定を進めながら。



「ハイヒューマンと思わしき人物を発見―――これより、討伐に移る!」



 駆けつけたアスターを見つけた兵の一人が叫んだ。

 すると辺りから続々と兵が集まる―――だがそんなものは眼中にない。


 アスターの目に映るのは、ただ燃え盛る村と人々の屍を積んだ山。


 何が起きたのかは大方推測出来た―――アスターがこの村にやって来てから二十六年。

 村を出て都会へと移住した者も居た。


 その中の誰かが言ったのだ―――金をくれれば、ハイヒューマンの居場所を教えてやるぞと。



「…………………………お前達、何をしている」


「構え、一斉掃射ッ!!!」



 ハイヒューマンに対する命令は変わらず。

 少数に多数でかかり、敵の間合いの外より魔法の絨毯爆撃で勝れ。


 それを忠実に守る兵達の攻撃を、アスターは左手に握る法防の魔剣の魔剣による、ドーム状の防壁だけで無力とした。

 

 一切の傷を負う事なく、過呼吸気味に問いを放つ。



「何をしているかと、訊いてるんだ………………答えろ、何故僕じゃなく村の人々を殺した…………!」



 攻撃は止まぬ―――アスターの放った声など掻き消されてしまう様な猛攻だ。



「何故殺したと、訊いてるんだッ!!!」



 瞬間、アスターは右手に持つ魔剣を地面に突き立てた。


 地怪(じかい)の魔剣―――アスターを取り囲む兵達の足元が、突如として怪物の大口へと用意早変わり。

 兵は鎧を砕かれ悲鳴を上げながらその口へと喰われて行く。



「皆、いい人だったんだ………………余所者の僕に良くしてくれて、ハイヒューマンだと分かりながらも何も言わず、他の人間と変わらずに接してくれたんだ………………それを、お前達は……………………!」



 魔剣を握る手に力が籠り、魔力が必要以上に流し込まれる。

 それと同時、全ての悲鳴が断末魔へと変わった。



「鏖殺だ」



 怪物の口を村中に広げる。

 エリーの実家を、アスターの借りた空き家を、子供達と遊んだ広場や、二人の結ばれた倉庫―――そして何より村人の屍を。

 口は全てを喰らい尽くした。



「……………帰ろう………………帰らないと」



 振り返り、とぼとぼと歩き出す。

 自分の家に帰れば、先に行けと指示した地下室に向かい、エリーの顔を一目見れば。


 きっと自分は平然を取り戻せると信じて。



「アスター…………逃げて……………………」


「やめてくれ、もうこれ以上………………! まだ足りないんだ………………!」



 家の玄関が開いていた―――入り口に居た兵は斬り伏せ。

 

 家に入って寝室へ。

 ベッドの横、地下室入り口の手前―――子供を護る様に踞って瀕死となったエリーを発見した。


 心の中でエリーを永遠にすると誓った―――だが、まだ時間が足りない。

 思い出だけで永遠を生きるには、まだ時間が足りていないのだ。



「ねえアスター…………子供は無事…………?」


「ああ無事だ…………! だから君もあと少し頑張ってくれ…………! 頼む、まだ僕と一緒にいてくれ………………!」



 背中から腹を貫かれている―――母子諸共、もう駄目だろう。

 だが認められぬのだ。

 アスターはみっともなく泣き叫ぶ。

 それに、何の意味も無いと頭で分かっていながら、心で理解し切れずに。



「このままなんて無理だ…………! 僕一人じゃ永遠なんて生きていけない…………! 起きてくれ! 起きてくれ! エリー………………ッ!」




 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 早朝、泣き明かしたアスターは村の跡を見に行った。

 少しの間だけ村での思い出を振り返り、その後家に戻ってエリーを埋めた。


 アスターの頭にあるのは後悔や怨みではなく、次やるべき事。

 この胸の穴を埋めるために、次やるべき事を探した。



「エリー、やり直すよ…………最初から、僕が最初から全部」



 その昔、原初の神が世界を作るのに使用した魔剣があるという。

 名を、地魔反戈(どまのさかほこ)―――それを手に入れ、世界を原点からやり直す。

 全く同じ人が生きて、全く同じ運命を辿る世界を最初から。


 エリーと、もう一度最初からやり直すために作る。


 それがアスターの、新たな目標であった。



「僕は君以外を愛さない…………君以外の全てを投げ打って、また君に会いに行く………………」



 神以外が地魔反戈がこの世界に出現させるには、多くの条件を必要とする。

 ランダムに訪れる、神の力が強まる周期にその力を込める器を作り、そこに多くの人々から抽出した感情を込める。

 次その周期が訪れるのはいつか―――神のみぞ知る、世界が求める情報。


 アスターは眠りについた。

 周期が訪れるまで、三百年もの長い長い眠りに――――――。



「君が僕の心の中で笑ってくれるには、まだ時間が必要なんだ…………あの無邪気な笑顔は、僕にはまだ作れないんだ………………また僕の前で、笑って見せてくれ………………エリー、僕は君だけなんだ。君が僕にとって、最初で最後の愛する人なんだ」



 

 

この話を書く上で、ちゃんとカラオケ行っていとしのエリー沢山歌って来ました。


(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)


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