I will think of you
村長が死んだ―――寿命であった。
村の皆は薄々覚悟していたので、悲しみこそすれど引きずりはしなかった。
ただ一人、アスターを除いては。
この村にアスターがやって来て十三年が過ぎた頃であった。
村の雑用を手伝い、子供達と遊び―――悩みなど何一つ無さそうな顔で日々を暮らしていたアスターに影が差した。
この村にアスターがやって来てから、初めての人死であった。
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「いつになったら私は大人になれるの?」
「いつか必ず、嫌でもなるんだ―――今は子供を満喫したほうがいいよ」
「子供を満喫…………? アスター、今の私の年齢言える?」
村の倉庫を、アスターと二人で整理していたエリーが訊く。
村長の死没より、それまでは半ばほったらかしにされていた村の倉庫を皆で管理しようという取り決めに―――毎週家ごと代わり代わり、掃除と備蓄品の欠品が無いかを確かめている。
十六歳のあの日から、アスターに対して求婚してはまだ子供だからと断られての毎日。
この日遂に堪忍袋の尾が切れたと、麦の詰まった袋を地面に落としてアスターに向かい問い詰めた。
「言えるよ。なんせ今日できっかり三十――――――」
「そうよ三十歳、世間的に見ても行き遅れの年齢! もう子供ってよりおばさんなのよ!」
「まだ僕の半分も生きていないじゃないか」
「年齢の差は一生縮まらないものよ馬鹿っ!」
倉庫の外まで響く声で叫ぶ。
エリーの容姿は、三十歳と云うには若々しい―――二十台中盤と言っても通ずる程だ。
だがエリーは恐れていた。
いずれ自分が老いさらばえ、隣を歩くアスターが介護役に見える日が来る事を。
この恋が若い頃の思い出になり、セピア色に褪せた思いへと成り下がってしまう事を。
エリーはアスターの胸元へと寄ると、片手で胸ぐらを掴んでぐいっと体を寄せる。
互いの吐息がかかる距離―――いっそ、勢いで既成事実を作ってしまおうと云う魂胆だ。
「………………駄目だよ、駄目なんだ」
幼き頃の貧相さなど跡形もない胸。
体に押し付けられたソレを片手で突き放し、無理に腕一本分の距離を保ったアスターが自分に言い聞かせる様に言った。
「アスター、何を恐れているの? 私の事? 村の事? それとも、ハイヒューマンの事?」
「………………いいや僕の事だ。エリー、僕は君が思う程に魅力的な男じゃあない」
僕の事―――想定外の答えに、つい胸ぐらを掴む手の力が抜けたエリー。
それを良しとエリーを振り払う事もなく、贖罪をする様にアスターは語り出す。
「ハイヒューマンの寿命は、エルフに匹敵する…………僕はね、昔から怖かったんだ。何一つ変わらない、変われない僕の横で君達が成長して行く様が。少しぼーっとしていれば近所の子供が大人になって子供を産んで、人生の全てを見せつけながら僕の横で死んで行く。それがずっと怖かったんだ」
アスターは何かと、人に上っ面しか見せない節があった。
常に本心を包み隠して、人に見せる為作り上げた自分を演じ続けていた。
早くに居なくなった親にすら見せていない―――産まれて初めて人に見せる、アスターの弱点。
「この村に来てから、僕はそれを忘れていた―――毎日が楽しかったんだ。皆が変わらないと必死に思い込んで、君に向かってまだ子供だろうと言い続けて―――だが、やっぱり人は死ぬんだ」
「村長の事?」
「…………ああ。あの日思い出したよ。人の寿命は短いんだ」
「村長は九十八歳の大往生だったじゃない」
「あの森で君に出会った日の僕よりも年下だ」
夜、ベッドの外が怖いと覚えた子供がシーツを被って出て来ないのと同じだ。
一度人の死を間近で思い知ったアスターが、その恐怖を克服するのは果てしなく遠い日の事。
彼はまだ、人の死を仕方ないものと割り切れる程立派では無い。
「じゃあ、私を一生生き続けさせて頂戴」
「エリー、何を言って――――――」
瞬間、胸ぐらを掴んだ手に力を込め直してアスターを自分の方向へと引き寄せ―――長いキスをした。
「貴方が貴方の中で、私を永遠にして頂戴―――そうすれば私は死なないわ」
「何を言って………………」
「私の体が死んだとしても、きっと魂は貴方の元に戻ってみせる。私が永遠に貴方の隣に居てあげる―――今回ばっかりは提案じゃないわよアスター。私を娶りなさい」
「エリー話に無理がある…………!」
「無理? そんなわけないでしょう」
言って、アスターを床に押し倒す。
馬乗りになって抵抗を阻止すると、再びキスを。
今度は短く、濃くキスを。
「世界の脅威だなんだと言われているハイヒューマンを、魔法も使わず捉えた私に無理があるの?」
「あるね、現に僕は今から立ち上がる」
「許さないわよ」
僅かに上半身を起こしたアスターの口に、人差し指と中指の二本を捩じ込むマリー。
指を口内で舌と絡ませながら、残りの指でアスターの頭を掴んで床へと押し戻す。
「ほらね、私には出来るの」
指を引き抜くと、それを自分で舐めて見せる。
アスターの知るマリーではなかった。
あのいつもの文句はもう使えない―――もう、子供ではない。
蠱惑的な、大人の女だ。
「…………分かったよ」
起きあがろうとしていた体から、力を抜く。
一切の抵抗を辞めて、呟いた。
「分かった…………?」
「一度起き上がらせてくれないかい? これじゃなんだ…………余りにも格好がつかない」
今度は口に指を突っ込む事なく、大人しく退いたエリー。
背中をさすりながらアスターが立ち上がると、改めて向き合って一度深呼吸を。
そして、エリー積年の望みを果たす。
「エリー、僕と結婚してくれ」
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




