華の少女
アスターが村へやって来てから、一年が過ぎた。
人並みの生活力を身につけ、村社会に馴染むべく身格好に気を使う様になった彼は、一躍村で人気者に。
物腰柔らかな美形の青年だ―――大人の男には若い労働力として、大人の女には目の保養として、子供達には良き友として。
元々この村で生まれ育った様に、よく馴染んでいたのだ。
エリーは、花を愛する少女であった。
ただ花の見た目が好きなだけではない―――父に教えられた、花言葉というものがえらく気に入ったそうな。
それは花の色によって意味が変わったり、地域によって意味が変わったり、全てを覚えるには余りにも千差万別。
それが人の個性の様で気に入ったと、エリーはアスターに語った。
「アスターの花言葉はなんていうんだい?」
「調べたのが随分と前だから悪れちゃったわ」
エリーは少し恥ずかしそうに言った。
彼女は村の中でも奔放な子供であり、しょっちゅう親に行くなと言われた森の中へと遊びに行ってしまう。
最近は、それにアスターが同伴する事が多く、その時間をエリーは好んでいた。
自分が村に連れて来たアスターを、他の人に取られずに済むから。
「アスター、あなたは村の中に好きな人とか居るの………………?」
「僕は皆が好きだよ。村長さんも、鍛冶屋のメーベルさんやガキ大将のハーヴェ。エリーだって。皆に良くして貰ってるからね」
「………………バカ」
少し頬を膨らませたエリーが、アスターを置いて森の中を駆け足で進む。
七歳になったエリーは、未だその感情の名前を知らない。
恋愛、独占欲を、言葉では知っていても体感でソレだとは気づいていなかった。
自分の中の嫌らしい気持ちを振り払うべく、木々の間を駆け抜け数分―――気づけばエリーは迷っていた。
通った道の事など考えず、ただ思いを振り払うために走っていたからだ。
自分が迷ったと気づいた瞬間、エリーは不安感に苛まれる。
これまでこんな事は一度だってなかった―――故に、この事態の解決法など知らない。
「アスター! アスターどこなの!」
力一杯放った声が、木々の間に吸い込まれていく。
それでも不安感を薄れさせるために、エリーは叫び続けた。
息が切れ、鼓動が強く胸打つ様になった頃―――少し先に足音が聞こえた。
助けを求めたアスターが来てくれたのだ。
そう思い振り返ったエリーの目に映ったのは、四足歩行の怪物。
平家程のサイズがある、狼の魔獣であった。
「………………アスター」
頼りの名を呟き、一歩後退。
目の前の魔獣は喉を鳴らし、その鋭い相貌をギラつかせながら涎を垂らしている。
もう一歩もう一歩と後退し、エリーが自分のタイミングで背を向け逃げ出した瞬間、魔獣も好奇と飛びかかった。
そしてその二つの間に、青い礫が突き抜ける。
「――――――晶碧の魔剣」
アスターの声だった―――礫は頭蓋を砕き、胴に穴を開け、魔獣に対して全団命中で確実な死を与え。
それを確認すると、アスターは急ぎエリーの元へと駆け寄る。
「どうして森に魔獣が居ることを知らせなかった…………!」
「だって…………言ったら森に入らせてもらえないと思って………………」
瞬間、アスターはエリーの頬を叩いた。
村の子供との喧嘩なんて比にならない、突き抜ける様な痛みがエリーを襲う。
「死ぬ所だった…………! 魔獣なら僕が倒す、他の危険だって対処できる…………! だからもう、危ない事を内緒にしないでくれ………………いいね?」
「うん………………ごめんなさい」
初めてアスターに叱られた―――普段はどんな悪戯を仕掛けようと笑って許してくれるアスターに、真剣に叱られた。
自分がどれだけ馬鹿だったかを知ったエリーは素直に謝罪を。
そして暫く、目の前のその人に縋り付き泣いた。
ここ最近、小さい女の子の描写を書くために毎日ベランダから保育園を眺めてます。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




