経験者
「今はやめといた方がいいんじゃないかな」
トラオム崩しの先輩である秋臥を訪ねて、冥国までやって来たガレッジ。
飛び出した言葉は意外なもので、実力が足りないだとか現実的でないとかではなく、今はやめとけという忠告であった。
「今は…………? どういう事?」
「向こうの世界のトラオム勢力が合流してる可能性がある―――前に現れた女神エティシアと共にね。それなら、タイミング次第じゃあ聖七冠がトラオム潰しの勢力に加わるし、待つのが吉だよ」
「秋臥さんは魔法もない状態で、作戦も組まずに潰したんでしょ? それならそんな細かい準備なんてしなくても――――――」
「こんな小っ恥ずかしい言い方はしたくないけど、あれが出来たのは実力差が大きかったから。一般信者も、僕が鍛えた兵も、群れになって漸く僕に届くかどうかの実力差があったから出来たことなんだよ―――それを、魔法という便利な力があって平均点の高いこの世界で再現しようなんて、僕は思えないね」
そこまで聞いた所で、ガレッジはとある影に気づく。
二人の話す部屋を覗く、申し訳ないという思いが溢れ出した様な目―――ラジェリスの存在だ。
「ラジェリス気づかれてるよ―――何か言うべき事があるなら観念した方がいい」
「かっ、観念じゃと?! 別に臆してなどおらぬわ…………!」
騒ぎながら飛び出したラジェリスは、再度ガレッジに目を向けると塩らしく。
両膝を揃えて座り、重い口を開く。
「儂が馬鹿の管理を怠った―――許せとは言わぬが、謝りたいと思っていた」
言うと、両手を床につけて深々と頭を下げた。
この世界の歴史上初めて観測される、神の土下座である。
「すまぬ。儂の怠慢が、主に過酷な運命を押し付けた―――その上で言わせて欲しい。トラオムを崩すのは待ってくれと」
「待つ…………? それは保身故ですか?」
「違う、タイミングの問題じゃ。今そこの小僧が話したように、他勢力との合流が叶うタイミングを待つべきじゃ」
「聖女は、セリシアさんは今も戦場で仕事をしています。戦場に居る兵の数以上に傷を重複しながら、懸命にです…………それでも尚、待てですか」
「その通りじゃ―――主らには悪いと思うが、待つより他に最適は無いと考えておる」
それだけは力強く、一切弱々しさを見せずに断言。
言い難い言葉だろうが、それらの劣を全て咀嚼した上での発言である。
「トラオムを潰したとて、神聖力の副作用が消える事はあり得ん―――ならば儂は次の世代を見たいと考えておる……! トラオム全体へ毒が回ったわけでは無く、今問題となるのは頭のみ! 儂はそこを取り替えたいと考えておる…………!」
理屈では理解出来るが、気持ちが追い付かぬ様子のガレッジ。
それは長年神として君臨していた、心の成熟しているラジェリスには分からぬ事であった。
それを見越した秋臥が立ち上がると、空中に氷の円盤を作り出す。
「僕達が厳しい鍛錬に慣れるように、セリシアさんが副作用に慣れた可能性もある―――僕が直接聞いて来るよ」
冥国からセリシアの居る戦場までは馬を走らせて一週間程度。
魔法で全力の飛行を行えば、一日で辿り着けるだろう。
「ついでに戦場を落ち着かせてくるよ―――僕もトラオムの傘下、冒険者ギルドに属する一人だ。それで良いね?」
「うむ、それで良いだろう。ついでに新技を試して来ると良い」
「そうするよ―――ついでに森にも寄って来るけど、何かサレンさんに伝える事は?」
「備えろ、それだけじゃ」
「了解、それじゃあ行って来るよ」
部屋の窓から飛び出して、円盤に飛び乗り行ってしまう。
ただ保留ではなく人が動いた―――それは、ガレッジの心を落ち着かせるのには充分な要因であった。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




