勇者と聖女
とあるクロニクル加盟国と、非加盟国の国境付近―――そこでは非加盟国側が新たな土地を手に入れんと、日夜攻撃が続けられていた。
苛烈を極める戦場の後方、軍医の居るテントには一際視線を集める人物が―――聖七冠七位、聖女セリシア。
彼女の魔法により兵の負傷は忽ち治癒され、再度戦場へと出て行く。
時折、そのサイクルに耐えかねた兵がサリシアを襲う。
もう戦わなくて良いようにと、次こそは死ねるようにと思いを込めて、味方のセリシアに向かい剣を振るうのだ。
だが腐っても冠級―――聖七冠の中ではずば抜けて弱いものの、その実力は体術のみで金級冒険者並み。
精神の草臥れた兵に傷を負わされる程柔ではない。
「ごめんなさい―――今ここで斬られて差し上げるわけにはいかないんです」
今しがた治癒を受けた兵がセリシアを襲い、その流れで取り押さえられている。
うつ伏せに倒れた状態で腕を捻りあげられ、マウントを取られた体制―――誰かがこの兵を連行してくれるだろうと周囲を見渡すが、その目に映ったのは兵に対する同情の視線。
今は正常を保っている兵も、皆内心思っているのだ―――誰かがこの女を殺してしまえば、と。
「そら働いた働いた〜。軍医を襲ったとなれば立派な規律違反だよ。見てないで連行しなよ」
「貴方は………………!」
緊張張り詰める戦場には相応しくない様子で、一人の少年が現れた。
その声でハッとした周囲が、同情拭いきれぬまま兵は連行されて行く。
少年の名はガレッジ・ベック。
元剣聖アリスの弟子であり、トラオムより認定された勇者である。
「久しぶり、アリシアさん…………少し、時間いいかな?」
「ええ、今全員の治癒が済んだ所です―――長くなければ話せますよ」
「良かった。人の耳がない場所に行きたいんだけど、どこかある…………?」
「でしたら私のテントへ行きましょうか」
アリシアのテントは兵のキャンプから少し離れた位置にある。
戦場での女は兵にとって劇薬―――仮にアリシアが寝込みを襲われでもした日には、世界に於ける損失が尋常では無いのだ。
聖女の処女というものは、トラオム信者半数の命よりも重いとされる。
「セリシアさんはさ、どうやって神聖力の副作用を克服したの?」
「克服などしていません…………いえ、出来ませんでしたと言うべきでしょうか」
テントに着くや否や本題―――勇者と聖女、二人には共通点があった。
それはトラオムによって孤児だったところを拾われ人工的に神聖力を埋め込まれた事。
神聖力とは先天的に持つ才能であり、魔力の代わりにソレを持った赤子が千人に一人産まれるかどうかとされているもの。
それをトラオムによって後天的に植え付けられた存在が、勇者と聖女である。
「克服していない…………? それはおかしいよ。今といい、他の戦場でも、セリシアさんは神聖力を多用している……………にも関わらず、副作用を克服していないのに生きているなんておかしい」
神聖力の副作用―――後天的に植え付けられた力には、当然の様に代償も付きまとうもの。
今回ガレッジがセリシアを訪ねたのは、その克服方法があると思い込んでいたからだ。
「ガレッジくん、貴方の副作用は?」
「僕のは寿命が喰われて行くんだ……………術の使用一秒で一年分ね。元々九十八年生きる筈だったけど、今じゃ七十三年になってる」
「でしたら、私のものは参考にはなりませんね」
見せつける様にセリシアは手元に神聖力を集める―――黄金に輝く力だ。
副作用のある力が勇者、聖女と祭り上げられているのは、この力の美しさが大きく貢献している。
「私の副作用は投影とでも言いましょうか―――私が治した傷の痛みが、治した瞬間より自然治癒で完治するまでの時間分私の体に刻まれる。これが私の副作用です」
「それって…………じゃあ、今の感覚って………………」
「酷いものですが慣れてしまいました」
頭が弾け散り、脳が混ざる感覚―――傷口が抉れ、膿み、ウジが集まり、焼け、凍りつき、毒され、溶かされ。
欠損した感覚のある部位に重なって深手の感覚が幾重にも刻まれて。
視覚的には無傷の腹が、感覚的には内臓を掻き出される苦痛で満ちている。
にも関わらずそれを表情に漏らす事のないセリシアに対して、ガレッジは慄いた。
目の前の聖女は、幾千の続く致命傷の痛みに慣れたと言ったのだ。
「聖七冠で………………いえ、この世の生物で最も痛みに強いのはきっと私でしょう」
「セリシアさん以上が居ちゃあ困るよ……………戦場での仕事、嫌にならない?」
「駄々をこねても仕方がない。最近ではそう思える様になりました」
「サリシアさんの知り合いたちに助けてって言えば、変わる事もあると思うよ」
「それで私が救われても、この戦場がより過酷なものとなるだけですから」
ガレッジの心境は慄きより苛立ちへ移行。
気持ち悪いまでの自己犠牲に立腹―――寿命が減る事を恐れて力を使わない自分が、弱く見えて仕方がない。
それが悔しかったのだ。
「ただでさえ残る痛みがあるのに、更に人の傷を治すのつらくない?」
「十歳の頃から訓練をしていたので慣れてしまいました。最初は腹を刺される痛みから、次第に痛みを増やして行く訓練。スラム街で施しとして治癒をして回らされる事もありました」
「痛みで夜も眠れないんじゃないの?」
「私の治癒は疲労も消せるんです。感覚的な疲労は消えませんが、それは耐えれば済むものですし、体調には異変が出ないんです」
「セリシアさんが痛みを肩代わりしてあげてるのに襲いかかってくる兵を殺したくはならないの?」
「私と彼らの苦しみを同一視は出来ませんよ―――そろそろ新たな負傷兵が来そうですね。私は戻らせていただきます」
新たな傷を、痛みを背負に行く。
セリシアは軽い足取りでテントを出た―――強張った表情のガレッジを見て、僅かに困り顔を見せながら。
「………………何が聖女だ」
残されたテントで、ポツリと呟く。
一人の少女を怪物へと仕立て上げ、聖女と祭り上げる大元に対する怒りより漏れた一言だ。
そして追走する―――かつてトラオムより逃げ出した自分が、アリスに拾われた日を。
そしてその日聞いた言葉や、今も残る感情を。
『鍛えてやるよ―――そんで一人前になった日には弟子引き連れて、潰しに行ってやる』
あの日アリスは言った。
ガレッジへの追手を斬り伏せ、真剣そのものの表情で。
思わぬ所で、決意を固めた―――その達成難易度は、秋臥の行ったものの比ではない。
クロニクル加盟国の六割が属するとされている宗教組織、トラオムの破壊。
ガレッジの原動力であり、原初的欲求。
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