悪縁
新たな魔力を手に入れたからと、一石一丁で使い熟せるものではない。
先日跳んだ際と同じ轍は踏まぬと、秋臥はラジェリス監視の元、冥国の郊外にて魔法の鍛錬を積んでいた。
「この前見た通り、身体能力も馬鹿強くなっておるんじゃ―――この際どうじゃ、魔法の鍛錬は一度置いて、体術を極めるというのは」
「元々接近戦は体術メインのつもりだけど、それにしても魔法は必要なんだよ…………たから、ここで魔法を放置するわけにはいかない」
氷で兎を作り出し、三匹同時に森の中を走り回らせる。
情報の同時処理と魔力操作の訓練を兼ねた鍛錬であるが、その光景は退屈極まりない。
それに耐えかねたラジェリスが僅かでも鍛錬を面白い風景に変えようと提案するが、一考もせず却下された。
「今の時点で、魔法は懐刀として充分機能する威力だと思うのじゃが………………」
「充分じゃ足りないだろ、これからの戦いは………………妥協はしない、全てを鍛える。それが今すべき事だ」
「こういうのをストイックというのか、堅物というのか………………嗚呼退屈じゃ、眠くなって来たぞ儂は」
「それは困る、もし僕が操作をミスったら助けてもらわないといけないんだから」
「どうしてそうも恥ずかしげもなく、自分のミスの可能性を示せるのじゃ…………」
そんな事を言っている内に、時間は昼間―――それに気づいたラジェリスは嬉しそうに木から飛び降りると「暫し待っていよ!」と言って城へと走り戻って行った。
昼食を取りに行ったのだろうと、秋臥は鍛錬を一時中止。
休息だと適当な場所に椅子の形で製氷し、腰掛けて待つ。
「ご飯が美味しいし、人が多いし―――良い国ですね、冥国って」
「………………どの面下げて、出て来た」
「この可愛いよりは綺麗系の面ですよ。チャームポイントはこの――――――」
ベンチの横、来冥以来の声が聞こえ秋臥が訊ねる。
手には急遽製氷した剣を―――軽く振るい、隣に座ろうとしていた骨互裏に距離を取らせる。
「チャームポイントはこの、口元に一つあるホクロです」
「知らねえよ」
「自分から聞いておいて、隊長ったらいけず」
嬉しそうに言う骨互裏の後ろから、新たに三人分の足音が。
草木を踏み分け現れたその姿は、秋臥に追想させる―――羽々斬、泥垣、葉霧。
確かに秋臥が殺した面子であった。
「なんだ、同窓会でもしたいのか?」
「隊長も冗談言う様になったんですね〜いやあ、お変わりない様で、とは言わないでおきましょうか」
「…………葉霧、兄は居ないのか」
「あの出来損ないならエティシア様に選ばれてませんよ。清々しますね!」
葉霧京介―――昔と変わらず兄の昌也を見下した様子であり、秋臥はそれが気に入らない。
教え子であると同時に命の恩人でもある昌也を罵られ、その尊厳を踏み躙られている。
故意ではなく無意識の内である―――先程までは意識して動かしていた兎が、したり顔の葉霧へと襲いかかった。
兎は跳んで耳を噛むが、完全に千切る直前で葉霧が抵抗。
兎を殴り飛ばしてから、慌てて泥垣の元へと駆けて行く。
「この程度の事で騒がないでくれ………………二日酔いに響くんだ」
「五月蝿いよ生臭! 髪型ボサボサの癖に、早く治してくれよ………………ッ!」
「騒ぐなど………………それが人に物を頼む態度か」
長い腕をのっそりと葉霧の耳へと上げて、一瞬患部へと触れる。
すると傷は瞬く間に回復―――兎は既に、骨互裏が処理を終えた。
「雁首揃えて何しに来た」
「実はですね、隊長にいいもの見せてあげようと思って」
奥から更にもう一人分、足音が聞こえた。
普通よりも重い足音であり、人一人分とは思えず―――その理由は、すぐに明らかとなった。
忌々しい姿である―――そこに居たのは、生気無く項垂れた香菜を抱き抱える一人の男。
――――――巴山総司が、そこに居た。
「――――――香菜ッ!」
零秒であった。
魔力で強化された身体能力で全力で駆け、横を過ぎ去る瞬間総司より香菜を奪う。
蝶よりも花よりも柔らかく抱きしめたその体には、鼓動も息も、体温も無かった。
「久しいな小僧―――てっきり、私の名を呼ぶものだと思っていたよ」
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




