アプローチ
骨互裏美彌子、二十四歳―――彼女は人知れず、貨物船の中で誕生。
出生届など出されず、この世に居ない人間としてその人生を送った。
五歳の頃中国のマフィアに拾われ殺しの道具として育てられる。
分解された銃を一眼見ただけで、それぞれパーツの意味を理解し、組み立て上げた―――当然組み立てだけではなく、全ての武器の扱いに長けていた。
銃、ナイフ、暗器―――それらを何の説明も受けず、最適解で使用する事が出来たのだ。
人を殺すための才能があった―――何より大きな才能は、人殺しを楽しめるその精神だ。
敵対組織の大物や、その家族である親子―――困窮している所を雇われた子供までもを、拷問した上で殺す事が出来た。
十五の頃、彼女を満たしていたのは全能感―――銃を持った大勢の敵ですら自分には敵わず、ただ無惨に死に行く―――自分が、殺せてしまう。
その快楽に身を任せ、マフィアとしての生活を満喫していた。
だがその年、骨互裏の属していたファミリーが勢力を広げようと日本へ手を伸ばしたとき。
彼女は雷にでも撃たれた様な衝撃を受ける事となる―――きっかけは、シノギの一つである詐欺。
その対象となった女の息子が骨互裏の居た支部へと乗り込み、手を引く様にと忠告して来たのだ。
少年一人に引いてはマフィアの名折れ―――制裁を与えてやろうとしたその日、日本支部は壊滅した。
その少年ただ一人の手によって、五百の勢力が滅ぼされたのだ。
その中で唯一生き残った骨互裏には、彼の姿が神がかって見えていた―――自分が逆立ちしようと勝てない相手に恐れ慄き恋をして。
骨互裏はマフィアを辞め、日本に残った―――知り合いのブローカー伝に戸籍を買い、女子高生としての身分を手に入れて生きた。
そして神を探し、奇しくも宗教団体トラオムにて見つけた―――名を知り、性格を知り、習性を知り。
知り尽くした頃、事は起きた―――マフィアの頃と同じ、秋臥によってトラオムが滅ぼされた。
唯一違う事と言えば、今回は死者に骨互裏が含まれていた事だけ。
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万死の彫刻―――自分の殺した生物を素材として武器を作り出す骨互裏の魔法。
手にした大鎌の素材は余りにも明らかであり、秋臥もその醜悪さに表情を歪めている。
「………………その鎌作るのに何人殺した」
「あの日より、夜の数だけ」
「詩人ぶってるなよ――――――魔弓、青羽将」
エルフの森では洗礼が足りず、未完成であった魔法。
香菜が魔法で作り出した弦以外の一切を氷で生成した弓矢―――剣とは違い大雑把は許されず。
僅かな歪みですら致命的になり得る弓は、張られた弦に矢を当て弾かれると氷らしからぬ様子でしなる。
そして次の瞬間、青い流星が通過する。
僅かに狙いが外れ、骨互裏の頭部真横を過ぎ去った。
「悪い、外した。次は殺してやる」
「悪いなんて、そんな………………!」
大勢の敵なんかではなく、自分だけに殺意が向けられている―――それにうっとりとし、つい回避も何もを忘れていた骨互裏が答える。
今の矢も完全に外れたというわけではなく、骨互裏の左耳を一部掠め取って行った。
その傷口を嬉しそうに指で弄りながら、大鎌をゆっくりと持ち上げ軽やかに、秋臥が蒼燕剣を扱うのと同じ様に回転させながらゆっくりと歩き始める。
新たな矢を作り出して弦を引く―――射つと同時に弓の氷を消すと、自身も骨互裏へ向かい疾走。
矢は回転する大鎌に弾かれると、内包された魔力を解放し空中で変形。
蒼燕剣の形となり、魔力操作によって秋臥の手元へと戻った。
二人は互いに武器を回転させながら勢いをつけて、一、二、三と打ち合って現状の力量を正確に測り合う。
爪先の方向や視線によるフェイント、魔力強化込みの身体能力、踏み込み方や表情まで。
初夜を迎えた男女よりも慎重に相手を観察しながら、着実に、次の手立てを積み上げて行く。
秋臥は無言で黙々と、骨互裏は高らかに笑いながらの攻防―――その終わりは思いの外、呆気なく訪れた。
度重なる打ち合いによる衝撃の蓄積で、骨互裏の右腕が砕けたのだ。
「あら? あらら? あらららら?」
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




