こうして無一文は出来上がる
金!使わずにはいられない!
「見て見て!あれ綺麗!」
そこはショッピングモールの中。
階層で言えば77階層。その広いフロアの中には透明なガラスケースのようなものの中にずらりとと並べられたキッチン用品が並ぶ。
ここのフロアはその全てがキッチン用品であるため、いろんなデザインのフライパンやコンロ。食器に家具など、種類は数多とあった。
その中で二人はコンロのコーナーに居るのだが、コンロだけでも種類の数は200を超えているだろう。
「欲しい〜、買って買って!」
沢山のコンロたちを目の前にして、齢80の女性はまるで子供のようにはしゃぐ。
「いや、これは、流石に無いだろ。」
「ええ!?なんで!?最高に綺麗だし使いやすいよ!」
「お前は正気か?」
カイの中でイメージする「コンロ」とは、ボタンかグリップを押したり捻ったりすれば火が出てくるもののことだと思っていた。それか電気の力で赤外線を出して熱するIHとか、エアルの熱変換反応で熱するこの世界では一番一般的なコンロもカイ的には「コンロ」としてもいいだろう。
しかし、目の前でソフィアが欲しがっている「コンロ」なるものは、どうしてもコンロに思えなかった。
「これ、火に焚べるっていうより、火を投入してるとしか思えんのだが」
「それが新しいんじゃん!」
どうなっているのかというと、この世界で有名な「境界力学」というもののおかげだろうか?どういうわけか、炎がまるで鳥のような形になりながらコンロの少し上をゆったりと飛んでいた。
売り文句は「鍋を焼く時代は終わった」だった。
要するに、このコンロは鍋を加熱する工程をすっ飛ばして、浮遊する火の鳥によって具材を直接燃やしに行くのである。
「いや、これだと普通に燃えると思うんだが?」
「それはここに書いてあるじゃん!」
ソフィアがビシッと指差すところには、このコンロの説明が書いてある。
『炭化反応を妨げる純熱炎が実現!高い火力でも燃えない焦げない生焼けない!』
「本当なのか?これ・・・」
「何言ってるの。ちゃんと機器材庁からの認定だってされてるよ!」
要するにこれはぼったくりの代物でも、パチモンでもないという事だ。
しかしカイの中では未だに納得の行かない事があった。
「これって使いやすいのか?見た目も仕組みも派手だけど、肝心の利便性が伴ってないなら意味ないぞ?」
ソフィアに言い聞かせるように指摘した。
カイとしては普通のものでよかったからだ。わざわざ派手なものを買っても、それに飽きて仕舞えばただただ使いにくい道具としてお蔵行きにはしたくないのである。
何たって、今あるほぼ全財産をこのコンロに注ぎ込むのだから。
「いや、意味はあるよ!」
無駄な散財を恐れるカイとは違い、ソフィアはなおも前向きだった。
「よく考えてよ。今私たちの家には何がある?コンロどころか明かりすらもままならない太古昔のオンボロ屋敷だよ?」
「自分の家のことだろうに」
自分が決めて、自分で納得して住み着いた家であるにもかかわらず、なんとも酷い言種である。
「つまりね、カイ!私の家には明かりすらも無いのよ!」
「火があっただろ?幸い木材にはことかかねぇんだから。この国は。」
ソフィアはハァァァっと清々しいくらいのため息をつき、ビシッと指を刺してきた。
「甘い!」
「テンションたけぇなぁ」
数十分ほど前までは雲虫でげっそりしていたというのに、いつこ間にこんなに元気になっていたのだろうかとカイは驚かされる。
彼女の体力は改めて底が知れないなと感じた。
「私たちの家は暗い。つまり?料理してると何を焼いているのか分からないでしょ!」
「・・・まぁ」
確かにくらいから何を焼いているのかとか、どれくらい焼けているかは分からない。
けれどカイは思う。
もうそんなの慣れただろう、と。
しかしソフィアは未だにそのことが気に食わなかったらしい。
「私は嫌!もう焦げる恐怖に怯えて暮らすのは!私だって明るい世界で作っていきたい!」
「おお、話が変わったかと思うくらいの熱演だ。」
「だからカイ!買ってください!」
ソフィアは頭を下げる。
まさに必死の懇願だった。
カイはうーんと悩む。まさか彼女がここまで必死に来るとは、(思ってはいたが、)ねだる物の対象が想定外で彼も困惑してしまう。
「じゃ、じゃあ、買うか?これ・・・」
カイの中の理性はやめておけと警笛を鳴らしているのに対し、本能は彼女が望むなら、まぁ、と受け入れてしまっている。
「いや、だがしかし・・・」
カイは眉間を揉んだ。こんなよく分からないものに、お前は全財産かけるのか?と。
全財産なんだぞ?と。
「だ・・・」
「カイ!」
「だーめだぁ」
「お願いー!」
「ダメだって、これ」
「お願いお願いお願い!」
「危なすぎるってこれぇ」
「カイーー!」
「ダメだーーー!」
そして
「お買い上げありがとうございます」
会計の若い女性が微笑ましくソフィアたちを見る。
こうしてカイたちの全財産は、変わったコンロへと全投入されたのであった。
お前は今までに使った金の枚数を覚えているか?