やっぱりお金って大事よ
かねぇぇぇ
アボドレアは火山に近い場所に位置する町だ。
そのため温泉などがかなり有名な地域であり、この国最大の温泉街を形成している。
道には沢山のカップルや子供連れ、温泉好きの観光客たちが歩いている。
カイはひょいと浴衣のカップルを避けると後ろを振り返る。
見るとソフィアがオロオロとこちらを目指して人だかりをくぐり抜けていた。
「ソフィア」
カイはトテトテと辿々しい足取りの彼女に手を伸ばした。
これだけ人が多いのだ。少し進んだだけで彼と彼女との間をこれ以上開けると確実にソフィアが迷子になるだろう。
伸ばされた腕にソフィアは磁石みたく引っ付いた。
「もう、迷子になるか思たー」
「なりかけてたしな。」
「相変わらずここは人が多すぎるよぉ」
悪態を吐きながらも、人の波に押されて歩を進める。
「こんなにごった返してるのに、お店なんて分かるの?」
「当たり前だ。ほら、見えるか?あそこだ。」
「ごめん。背が足りないよ。」
「・・・確かにな」
見ると、彼女の背は男であるカイよりも一回り小さいのだ。これだけ人がごった返してしまうと、彼女の背丈では周りの建物すら見えないのだ。
「ほら、こっちだ。」
彼女の手を握り痛くないくらいの力加減になるように気をつけながら手を引いた。
ソフィアもはぐれまいとその手を両手で握りしめながら付いてくる。
「ほらな、着いただろ?」
見ると、立ち並ぶ巨大な木の根元から幹の高さまで何階層ものフロアが幹に育つキノコのように設置されている。
最上階になると高所恐怖症の方には絶対に行けない場所だろう。
「凄いねぇ」
思わず感嘆の声が漏れる。
巨木というものも圧巻の景観になっているのだが、やはり人の想像力の凄まじさを一目で理解できるショッピングモールのこの構造には誰もが一度は立ち止まって眺めてしまうことだろう。
「そうだな。でも、この中で買うものは、コンロただ一つだがな。」
「そう思うとシュールすぎない?」
ソフィアは思わず顔を顰める。こんななんでも揃ってしまいそうな巨大施設に来て、買うのがたった一つだけってどうなんだろう。
誰かに失礼をする訳ではないが、物凄く普通じゃない気がする。
「なんだかなぁ〜」
「無いものは無いんだよ」
やっぱり自分達のお金の少なさは異常だよなと改めて思う。
このままでは生活に致命的な異常をきたす時が近い気がする。
(実際、既に不便な思いはしてるけどね。)
どうにかお金を得られるルーツの確立が必要だなと本気でソフィアは悩む。
「ねぇカイ。私たちってどうにかお金とか稼げないのかなぁ?」
「欲しいのか?お金。」
「いや、欲しいというか、このままじゃ絶対にまずいと思うんだ。人並みの暮らしができるくらいにはやっぱりお金って必要だよ。やっぱり。うん。」
「お金に頼らず生活したいって言ったのはお前なのにな・・・」
「・・・」
図星であった。そうなのだ。何故だかこんなにも自分達がアナログに拘った極貧生活をしているのかと言うと、一緒に暮らす前に私が提案したのである。
『お金に縛られない生き方がしたい』
と。
しかし、しかしだ。
「流石にあるのに使わないっておかしくない?」
便利なものがあるのに。
火なんてエアル器具(この世界の主流動力機器)があれば1秒でつけれる。
しかし自力でつけようとしたら、未だに1時間もかかるのだ。
1秒で済む工程に1時間かけるのだ。流石に、いくらなんでも、馬鹿馬鹿しくならないだろうか。
「俺はその、あえて使わない事に意味を見出しているんだと思ってたんだけどな。」
「はい!見出してました!そういう風に生きれたら良いなってあの時は思ってました。でも、もう面倒臭いよ!いくらなんでも!料理の準備するだけで59分59秒がいなくなるのがどうしても納得いかないです!」
「ん〜、意外と根を上げるのが早かったなぁ。」
「はい。根性なしですぅ。私は便利な世界でしか生きていけない甘ちゃんなんですぅ!」
今までプライドの壁によって堰き止められていた本音が封を切った瞬間ボロボロと流れ出てきた。
今日まで痩せ我慢してきた矜持はどこ吹く風だ。
「もう、お金の便利さを知っちゃったからそれを無くすのは辛すぎるよぉぉ!」
ソフィアは道のど真ん中で叫び出すものだから幹に通行人の何人かがギョッとこちらへと振り向いた。
「わかった分かった。分かったから叫ぶな。恥ずかしいわ。」
「もう我慢の限界で。」
「自分の決めた事に我慢して、そのくせ自爆しているのは滑稽だな。」
「ふえぇぇ」
「亀の甲より年の甲という言葉があるのに、その効力がまったくもって感じられないぞ?」
「行けると思ったんだもん〜」
全く・・・とカイは短息を吐いた。
このソフィアという女性はいっつも感情的すぎるのだ。思ったことは即行動するその行動力と爆発力は凄まじいが、普段の行動はどうしても楽観的になってしまっている。
これは長所と短所が両立する事柄であるので直しことも難しく、全くどうしたものやらと言ったところである。
「まあ、そんなところが可愛い訳だがな」
「え?何?」
「いや、世界一可愛いお婆さんだなと思って。」
「ちょ!?なんでいきなり悪口言われてるの!?」
「事実だから悪口じゃないだろ?」
「事実じゃないよ!?虚実だよ!?この体見て!どこがお婆ちゃんなのよ!」
確かにソフィアの体はほっそりとしているのに胸やお尻は可愛らしく膨らんでいて、非常に若々しい。
その上、髪の毛は若干青味がかった銀色をしており、銀色のロングヘアというだけで目立つし、人によっては見惚れてしまう程だろう。
とどめにまつ毛の長い、どこに出しても恥ずかしくもない美人顔をしているのだから、まあお婆さんとは確かに思えない容姿をしている。
「確かに見た目は美女と言われるそれに近いのかもしれないが、やっぱり詐称は良くないと俺は思うんだ。」
「違うよ!?詐称してるんじゃないよ!私の人種では500くらいまでピチピチなんだからね!?」
「木々もお爺さになるような年齢をお前はピチピチと言うのか?」
まあ極論「可愛ければなんでも良い」と思えば確かにピチピチと思えなくないのだろうが、それをその年齢の本人が言っている所を想像すると、なんだかゲンナリする。
「それはカイだってそうなんだよ!カイだって500歳になったってきっと若々しいイケメンくんのままだからね。そんななのに『自分お爺さんなんで』って言ってたらもはや嫌味だよ嫌味。」
「でもその容姿使って若い女を抱く訳でもないからな。全然許されるだろ?」
「そんなことをしたらカイの棒をちょん切る。」
「今はそういう怖い話をしてるんじゃなくてな。」
「とにかく、私がこの見た目の時は、まだお婆ちゃんじゃないの!」
「うーん、まあ、そうかそうか。」
「全然分かってくれてない気がする!?」
それはそうだ。そもそも何故にソフィアが年齢のことをそんなに気にしているのかが分かっていないのでそんな何百年後の話など考えようもない。
「可愛いものは可愛いで良いと思うんだがなぁ。」
「ダメ!ダメェ!」
「ハハハ」
それでもこの話題はソフィアに必ずと言って良いほどにヒートアップさせられるので、なにかと弄りたくなってしまう話題なのだった。
「それじゃぁ話を戻すけど、どうやってお金を稼ぐかだっけ?」
「私、これでも若い子とかによく声かけられるんだからね。」
未だに納得がいっていないらしく、更にこの話題を詰めてきた。
あまり怒らせすぎるのも良くないということで、次から気をつけよう。
「・・・ソフィアはかわいいよ。最高にかわいい。お婆ちゃんには見えないよな」
「そうでしょ!」
「そういう訳だからソフィアはどうやってお金稼ぎたいとかあるのか?」
「なんか、めちゃくちゃ適当なことを言われた気がしてきた。」
ジト目で見てくるのに対して、にっこり笑顔を返しながら頭を撫でる。
「本音だよ本音。好きな子はいじめたくなるっていうだろ?」
「小学生じゃないんだから」
「本当に本当だ。」
「む〜、分かった・・・。えっと、私の思いついたお金の稼ぎ方だよね。」
「ああ、思いつく限り言ってみ。」
ソフィアはうーんと顔を傾けると「そうだ!」と手をポンと叩いた。
「私、前作ってくれた「お寿司」が食べたい!」
「・・・せめてサービスする側で提案してくれます?」
寿司を作りたいではなく、食べたい、といってくるところが「あ〜、やっぱりソフィアだな〜」と思わされた。
がねぇぇぇ