雲車に乗って
車だぁ
雲車。
それはこの国で主流の交通手段だ。理由としては、安くて早くて乗り心地がいいから。
「雲」という名前からふわふわしているには間違いないし、なんともメルヘンなイメージのある存在である。
しかし、実際の『雲車』にはメルヘン要素などほぼ無かった。
「ほんとにこれに乗るの?」
「もう何度も乗ってるし、今更だろ?」
「う・・・ん。」
ソフィアは言葉の歯切れが悪くなる。
答えは彼女の目の前で待機しているものにあった。
それは沢山の短い足を持ち、ガラス玉のような小さな目が8つある。体はとても柔らかそうなブヨブヨとした見た目であり、これらを遠くから見れば芋虫に似ている。
そんな見た目に反して、その大きさたるや、大人を5、6人乗せても問題なさそうな程に大きい。
それは一言で言うと、巨大な毛虫なのである。
毛虫と違うことがあるとすれば、そのふさふさの毛が真っ白で綿毛状になっているということと、人や荷物を乗せられるように「荷台」のようなソファーが虫の背中に取り付けられているということだ。
要するに雲車とは、雲に似た虫(雲虫)に乗って、移動するということなのである。
「キツイなー」
花もはじらう乙女にとっては、この巨大な昆虫はなかなかにキツすぎるのである。
近くで見れば血管のような筋がウニウニと浮かび上がっていて、ゾワワとする。
「見たくなければ上を見てな。」
「うぎぃぃ・・・」
ソフィアは体を震わせた。
街に行く最後の手段として、もうこれしかないのだ。全ては私のせいなのだから、これ以上わがままは言えないのだ。
そう自分に言い聞かせて、雲虫に備え付けられた足掛けにグッと右足を乗せる。
すると否応なくグニぃという感触が右足から伝わって来て、
「・・・くぅぅぅ」
歯軋りしながらもなんとか荷台へと登る。
「俺は、こいつら嫌いじゃないけどな。」
カイはヒョイと躊躇いなく荷台へと登る。
そしてそのまま荷台に積まれている「的位磁石」
で連れて行って欲しい場所を設定した。
この磁石は設定された場所に着くまでその場所に向かって引っ張られる磁力を持つため、その引力に従って雲虫の走る方向を決めさせることが出来るのである。
「さあ、捕まれよ。」
そうカイが言った途端、雲虫はサササと最小限の音を立てて動き出し、徐々に加速していく。そしてそのまま二人はフワッと無重力感を味わった。瞬きした瞬間には、雲虫ともども皆で巨木の枝木に生い茂る葉の上にいた。
この虫が雲虫と呼ばれる理由には、見た目が雲っぽいからだけではない。この虫は常に木の葉の上を這う様に移動する特性があるのだ。
それがまるで、流れる雲の様に見えることから雲虫と名付けられている。
カイは、木々の上から流れ去っていく景色を横目にソフィアに尋ねた。
「そんなに強張るか?」
「視界に空しか入れない様にしてるだけ。」
彼女はまるで考える人のモノマネでもしているみたいに、じっとひたすらに荷台の床を見つめている。
元々虫は得意では無いことは知っていたが、雲虫のこともこれほど苦手だとは思っていなかった。
「ほら、あそこ見てみ。」
「・・・・・・」
指差して促しても彼女は頑として首を動かさなかった。
カチンコチンに固まっている彼女を見ながらフッと笑いが込み上げてくる。
「まあ、隠し事の罰としては、これくらいが丁度いいな。」
雲虫に乗らなければならなくなった理由はソフィアにあるのだから、ちょっとくらい痛い思いをしてくれた方が今後のためにも良いだろう。
そう思ったカイはクックッと笑いを堪えながら、隣でガチガチになっている同乗者を眺めていた。
虫だぁ