ごめんなさい
怒られたくないなぁ
「つまるところ、エアストはないって事だな。」
「はい。ごめんなさい。」
さっきまで買い物にウキウキしていたソフィアはもうどこにも居なくなっていて、今はただただ肩を小さく萎めていることしかできない。
いや、彼女も予想だにしていなかったのだ。こんな別荘地みたいな人口の少ないところで、よもやよもやの乗り物泥棒に会うなんて。
別荘地であれば空き巣されるのは分かる。でも乗り物を奪っていくのは分からん。
何故だ。こんな乗り物あること前提で訪れるような場所で、何を思ってあの泥棒は私のエアストを乗り去って行ったのだろうか?
「あ、あの泥棒・・・許すまじ・・・」
「その前に盗まれたっていう大事なことを黙っていたことに物申したいけどな、俺は。」
「あはぁ、すみません!」
仕方なかったのだ、とソフィアは思う。
こんな土地にいるのにエアストなんて誰が盗まれると予想するというのか。
「本当に予想してなかったんです!それにしばらくは会議だってないし、遠くへいく機会もないと思って・・・」
実際、彼女たちは7日に一度くらいしか街へは出ないのだ。
その事実が彼女にある考えを浮かび上がらせた。
(もしかして、次に街へ行くまでに取り返せるのでは?)
自分に生じた問題を自分で解決できるのならばそれに越したことはない。
そしてそれが出来れば、カイには怒られることはない。
ソフィアはカイを怒らせるのが一番嫌なのである。
結果、ソフィアはカイに報告しないという結論に至るのである。
「ごめんなさい・・・」
カイはハァっとため息をつくと、
「こら」
っと静かに彼女のおでこをコツンと突いた。
彼を恐る恐る見てみると、そこのは意外にも怒った様子などなく、純粋にやれやれ・・・と言った表情であった。
「盗まれた時に怪我とかはしてなかったか?」
「・・・うん」
言うと、カイの右手はソフィアの髪の毛と頬を割れ物を触るみたいに撫でた。その手には怒りも呆れも無く、純粋にひとりの女性を思いやる優しさが込められていて、彼女は気付くと彼の右手に頬を擦り寄せていた。
「ごめんなさい・・・」
「怪我してないんならいいんだよ、おっちょこちょい。」
「これじゃぁ、お買い物も無しかなぁ・・・」
言いながら気持ちが沈む。
エアストを盗まれたってソフィアが悪いのだが、現状で簡単に街まで遠出出来る方法など無いのだ。遠出が出来ないのならばコンロだってもちろん買えない。しかし、エアストのことが頭から抜けていたとは言え、一度はコンロ購入を期待してしまったのだ。その期待外れによるダメージは、元凶の立場であっても正直辛かった。
「エアストをまずは取り返すね・・・」
完全なる自業自得、それどころか青年に迷惑をかけるかも知れない。
彼女は自身の不甲斐なさを悔やむ。
そして自分の行動の愚かさに紐づいて今日の午前中に言われた言葉を思い出す。
『統治者の自覚は有るのですか!?』
その時の彼女は、「何もそこまで言わなくたって良いじゃないか」と腹も立っていた。
けれどこうして改めて考えると、本当に自分が不甲斐ないと思えてしまっていた。
(カイは、私を選んでくれているけど、私は全然カイに選ばれるほど立派じゃない・・・)
これでもし、いつかカイに呆れられてしまったら、嫌われてしまったら、そう考えるだけで涙が出そうになる。
途端に目元が暑くなるのを感じて、ソフィアは顔を俯けた。
「ソフィア」
カイが彼女の名を口にすると、ポンっと左手がソフィアの頭に乗せた。それから頭を優しく撫でる。
「買いに行くぞ」
「・・・え!?」
ソフィアは思わず顔を飛び上げた。
まさかここに来て、そんな回答が青年の口から発せられるとは思いもしなかったからである。
「もう買いに行くって決めたんだから、行くに決まってるだろ。」
「でも、私の不注意で・・・」
「お前はいつだって不注意してるし、一生治らないだろ?」
「だ、だけどそれで高価なエアストが盗られてるし・・・」
「それを取り返せる想定なんだろ?」
「怒ってないの・・・?」
ソフィアは自分の手を握る。
自分に失望していない事を、心の底から願いながら。
しかし、
「ブチギレだよ。」
「・・・・・・」
すると、そっと彼は手をソフィアへ伸ばした。そしてゆっくりギュッと彼女を抱き寄せる。
体は密着し、服の上から波打つ心臓に音が聞こえてきそうである。怒っているのにいきなり抱きしめられたことには少し困惑しつつ、青年の心地の良い匂いと暖かさ、体重を預けても許される安心感からじわわっと涙が目から溢れ出てくる。
「・・・カイ。」
「でも、今更だとも、思ってる。」
「うん。ごめん。」
ソフィアは自身の腕も青年の背中に回した。
ごめんなさい、と言うようにキュッと彼の服を握る。
そんな時、カイはソフィアの耳元で口を寄せると、
「」
その言葉の意味を頭で理解した時には彼女の腕に力は入れられなくなっていた。
「・・・うぅ」
ソフィアが顔を少し紅潮させながら俯いていると、青年は彼女の背中をポンポンと叩いて言った。
「じゃあ早速、雲車でも借りようか」
そう言って彼は木の上を見上げたのだった。
怒られるのも時には悪くない