さあ行こうか
さあ行こう!
我が家から出ると、少しだけ雨が降ったのか所々地面が湿っていた。そして大きな木々の葉が雫で装飾され、キラキラと宝石のように輝いていた。
「いい天気〜」
とソフィアがうっとりとしている。久しぶりに家具を買いに行くからか、いつもよりも世界が綺麗に見えているに違いない。しかし、自然と家々とが一体化した目の前の景色はほとんどの人の気を留めさせてしまってもおかしくないほどに、美しく鮮やかな風景だった。
しかしソフィアがの後ろに立っている男は違っていた。
「相変わらず木々ばかりだな」
「冷めてるなぁ〜」
「冷静と言ってほしいな。」
ソフィアは目を少女漫画の主人公みたく目をキラキラさせていたのに対し、カイの目は一切煌めいていない。むしろ珍妙な物でも見るみたいに訝しげな表情であった。
「大胆、そんなに木は生えていないと思うけどな〜」
実際ここには人も少なく、森でも無ければ林でもない。小規模な住宅地、もしくは別荘地と呼ばれるような所だ。
なのでソフィアはここが「木々ばかり」などとは思ったことが無かったのである。
「まぁ、確かに普通の樹木は、いないけどなぁ」
カイは周りを少し見渡した。
周りにある木々は幹の太さが直径40cm程度の観賞用の樹木とは違い、遥かに大きく太かった。
そして、その木々が最も違う点というのは、その太い樹木の幹に窓や扉が設置されており、そこからオレンジ色に近いやさしげな灯りが灯っているのが見えるのである。
つまり、あたりに聳え立つ木々は全て、この土地に住む住民達の家なのである。
見ようによっては妖精の森やら魔女の棲家やらに見えなくもないが、これがこの国に住む人々の当たり前なのである。
カイは目を細めながら自分の家へと目を向ける。
「改めて見ると、我が家は時代遅れな構造をしているな。」
周りの家は全て巨木の中に一体化するような構造に作られているのに対し、自分達の住む家は普通に建てられているだけだ。ここではもはや普通でない建て方なのだろうが、木やレンガを使って地面の上に組み立ててある家である。
「それはそうでしょ〜。家丸々買ったのに家の平均金額1割を切るなんて、事故物件でも聞いたことないもん!」
そしてこの物件を見つけてきたのはソフィアなので彼女は若干得意げに言っていた。
この家に対していつも不満をブーブーという割には、この家を見つけたこと自体は良かったと思っているらしい。
「まあ、俺もこんないい所はないと思ってるよ。」
エアル器具てんこ盛りの家よりは、昔ながらのアナログ家具しか無い家の方がずっと気楽でいいからだ。
「そうだよ〜。だからちょっと周りの家と見た目が違うのは仕方がないんだよ!」
「そうだな。」
ソフィアの前向きな様子にカイは思わずフッと頬が緩む。
彼女は我儘な所もあるが、何だかんだでいつも明るくしっかりと前を見ている。そんな彼女の強さに彼はこれまでたくさん救われてきたのだ。
彼は改めて彼女のその笑顔を、明るさを、強さを守りたいと思う。これからずっと、長い、とても長い時間を一緒に過ごすのだろうから、今目の前にある彼女の魅力を、軸を消して壊すことのないように支えていきたいとても強く思った。
「それで、エアストはどこに置いてきあるんだ?」
エアストとは、エアル式軽自動車(ブースト型)のことで地面から一定の高さを浮かびながら走行できる機械である。これにはその名の通り加速機能が付いており、木々より高い高さ設定をしなければいけないものの、かなりの速度で移動が許されている。エアストひとつで隣町まで1時間もせずに着くことが出来る優れものなのだ。
すると、ソフィアが何故か黙った。
そして目をなぜか横に逸らした。
「どうした?」
「いや、本当にわざとじゃ無いんだけどね、まさかコンロ買いに行く流れになるなんて思っても見なかったからね。」
モゴモゴと話し始めるソフィア。
「だからね、実はね、その・・・」
すると突然頭を下げる。
「すみませんでした。」
「・・・何が?」
ソフィアが何を思っているのかは知らないが唐突に謝られてもカイとしては何が何だか分からない。
「ほんっとうに、勘弁してください。」
「いや、そもそも何に謝っているのかが分からんのだが?」
一瞬彼の頭の中で、エアスク壊れたか?と想像したが、それならこんなど田舎まで日中に帰ってくることなど不可能なはずだ。とすればエアスクは必ずどこかにある。
ではソフィアは一体何に謝ってえいるのだろうか?
「ええっと、エアスクを誰かに貸したとかか?」
「いいえ。」
「・・・じゃあなんなんだ。ほんとに分からないぞ。一体何に謝っているんだよ?」
「盗まれた」
「・・・は?」
「現在捜索願を出している所です。」
「こ、こんなど田舎でか?」
「きっと2日3日すれば見つかるのでは無いかと、推測しております。」
「いや、その前になんでそんな一大事を俺に言わない?」
「・・・お、」
ソフィアはモジモジとして両の手をニギニギしている。
「怒られると思いました。」
「スゥーーー」
カイは大空を仰ぐ。
「マジかぁ・・・」
まだ行けないわぁ