行ってらっしゃい
ソフィアは普通の人間ではないです
「あーー、嫌だなぁー」
所々で外の風が吹き込んで来そうなほどに古くボロボロの家の中で、野太いようなうめき声が響いていた。
「嫌だ嫌だ嫌だぁ〜」
ひたすらに‘何か’を嫌がり続ける声の主に、青年の声が被せられる。
「おっさんみたいな声だな」
「せめておばさんって言って〜」
失礼な!とでもいうように青年のそばまで行くと、おもむろに頭突きをお見舞いする。
「ギャップがすぎるんだよ。ギャップが。」
「そんな〜」
青年はなおも頭突きを続ける頭を両手でガシっと取り押さえた。
「お前、一応見た目は20前後だってこと、理解してるか?」
先程のおじさんボイスの持ち主は、もはや男ですらない20歳くらいの女性だったのだ。そんな若い女性が、なにがあったか知らないがいきなり野太い声で呻いて居たら、誰だって突っ込みたくもなる。
すると女性はおもむろに青年に抱きついてきた。
「何だよ」
そして、確実に狙って来ているのが丸分かりな上目遣いで懇願してきた。
「おねがーい・・・。私の代わりに、今日の会議行ってきて〜?」
「対価は?」
「私を好きにできる」
「要らんな」
「ふえぇぇぇ」
そう言うと女性は、あああ〜とズリズリ崩れ落ちる。
「嫌な事をしなければならない時に、やる気が出る魔法を教えてやろうか?」
「なに?」
女性はキョトンとした顔をする。
青年はニヤリと笑い答えた。
「早く行かないと、お前の年齢をばらす」
「行ってきます」
早かった。
女性はまさにスイッチを入れられたランプのようにぱっと立ち上がった。
それから女性は青年にぼやく。
「カイは本当にやりかねないから冗談に聞こえないんだよ。」
青年はくっくっと笑った。
「それはそうさ。冗談じゃないんだから。」
「人でなしぃ」
女性はカイという青年の肩をバシンと叩く。
しかしカイは蚊に刺された風もなく
「おら行ってこい。アラエイ。」
突然出てきた耳慣れない言葉に女性は食ってかかる。
「それってエイティって事?80って事!?」
女性は一気に血圧が上がったようで顔をみるみるうちに真っ赤にさせている。
いつものことだが、歳の話になると相当に食いついて来るのを青年は知っている。彼女が年齢をどれ程気にしているのかがよくわかる光景である。
「全く可愛いお婆さんだなぁ」
「やめてぇ!?可愛いは良いけど、そこにお婆さんはくっつけないでぇ!?」
青年はくつくつと笑い、女性が慌てふためいているのを楽しんでから、時計に目を向けた。
「さあ、もう時間だろ。行ってこい。ソフィア」
ソフィアと呼ばれた女性は少し目を見開くと、ブスッと口を尖らせた。
「最初からそういう送り出し方してよ・・・」
「嫌だね。」
カイはそういうと、ソフィアの後頭部に手を回した。
そして自然な流れで顔を近づける。
ソフィアは、ふんっ、とため息を短く吐き出すと目を閉じる。
・・・
「さ、今度こそ行ってこい。」
「はーい、行ってくるね。カイ。」
「一応気はつけろよ。ソフィア。」
そうして2人の1日が、いつものように始まった。
カイも普通の人間ではないのです