表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/68

第7話 ライトブルーの世界へようこそ!

 暗い部屋で一人、俺は淹れたてのブラックコーヒーを口にし、眺めるようにPCのディスプレイを見つめていた。


「……いつまで休憩できるのか」


 不意に漏れた一言。


 ここ数日、睡眠の質が悪い。恨み節ではなく、単に気兼ねなくリラックスできる時間がほしいだけだ。


 でも、何も考えず、ぐっすりと眠るわけにはいかない。いつ如何なる時も、人々を助けると決めたんだ。『マイ先輩』が、俺に手を差し伸べてくれたみたいに。


 ――突如、PCが不快な音をがなり立て始めた。


 呼応するように姿勢を正し、モニターを確認。


『西B地区にて、「ヘイティン」が一体発現。直ちに向かえ。繰り返す――』


 画面に映る文字と、それを機械的に読み上げる音声。


 視覚的に、聴覚的に非常事態を知った俺は、頬を叩き、コーヒーの残りを一気に流し込んだ。


 インターネットを利用している人々が持つ負の感情――怨念や孤独は、当人を包み込み、ヘイティンという魔物を生み出す。こいつらを野放しにしていては、善良な人の心まで汚染するリスクがある。


 行かなくては。


 俺は、NケーブルをPCの本体に挿し込んだ。


 次に、自身の腕にも、Nケーブルを挿し込む。


『ネットワークを構築中。ネットワークを構築中。ネットワークを――』


 機械音を聞き流し、目を瞑る。


 こうしていても、視界の明暗は感じられる。


 やがて、光の量は増していき、目を開くと、眼前に広がるのは幻想的なデジタル空間――N世界。



 油断大敵。


 転移に成功し、ライトブルー一色の世界に改めて感心していると、突然、腰部に激痛が走り、体が吹き飛んだ。


「おっそーい!」


 急襲を仕掛けてきた人物は、俺の一つ年上のマイ先輩だった。


 俺は、腰を駆け巡る痛みに耐えながら、地面に這いつくばった状態で弁明を試みた。


「待ってください。要請が出てから、すぐにログインしましたよ?」


「ダァアウトッ!」


 うるさい、騒がしい、騒々しい。


「嘘じゃないですよ」


「ミナトくんのことだから、どーせコーヒーでも飲んでたんでしょ」


「ギクッ」


「何その反応……。図星でも、『ギクッ』は酷いでしょ」


 人間、心の内を言い当てられてしまったら、大袈裟にリアクションしてしまうものだな……って、感心している場合ではない。


「俺がコーヒーを飲んでいてワンテンポ遅れたことは事実ですが、ログイン直後に蹴りを入れるのは紳士じゃないと思います」


 クレームを告げると、マイ先輩の瞳が鋭くなった。


「あ、た、し、はっ! 男じゃない!」


「……はい?」


「きょとんとしないで。眉目秀麗なあたしに対して、『紳士』だなんて失礼極まりないでしょ! 女の子なんだから、『淑女』に訂正してほしいわ」


 正論ではあるが、それを言うなら『眉目秀麗』だって、男性に対して用いられる言葉じゃないか……と反論すれば、また蹴りを入れられかねないので、ここは控えておくのが吉だろう。


「失礼しました、訂正します。ただ、論点はそこじゃないでしょう」


「そこ以外どこがあるのよ」


「蹴ってきたことですよ! 数秒前の会話を忘れないでください!」


 ようやく「あー」と納得顔のマイ先輩。


 よくもまあ、あれほどの大罪を犯しておきながら、平然としていられるものだ。マイ先輩が男だったら、容赦なく蹴り返しているところだぞ。


 ともあれ。


「ヘイティンのやつら、倒しても倒しても、まるでキリがありませんね」


「何? まさか……もうへばった?」


 にやにやと揶揄うように笑うマイ先輩。


 単なる先輩と後輩――そんな薄い関係であれば、俺だって腹も立てるだろう。でも、マイ先輩は俺の恩人であり、心を許した人だ。だからまあ、このかけ合いも存外心地良いと思う。


 恩人であり、心を許した人――嘘だ、それだけではない。マイ先輩は、俺の好きな人だ。自分で自分の気持ちに気付いてはいるが、「あなたと一緒にいる時間が好きです」と直球で伝えられるほど、今の俺は肝が据わっていない。


 俺は、内心の喜びを態度に出さないようにして、話を続ける。


「どうして楽しそうに訊くんですか」


「だって、あの時は『俺にもやらせてください!』ってな感じで、引くほど張り切ってたから」


「引かないでくださいよ……」


「あたし、嘘は吐かない主義なの」


「優しい嘘は適度に織り交ぜてください!」


 俺の懇願などどこ吹く風で、マイ先輩はポニーテールをきつく結び直した。


「さあ、行くわよ! 返事は?」


「了解で――って!」


 ポニーテールが抜群に似合う先輩は、返事を聞く間もなく走り出した。


 自分から訊いたくせに……。


 一瞬にして、米粒サイズになるマイ先輩。俺は、その背中を必死に追いかけた。

お気に入り登録と評価、ぜひよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ