第5話 挨拶代わりの1on1
間が空いたのは五秒程度だろうか。ユウヤは、我に返って口角を上げ、外面モードに切り替えた。
「何だ。話せるんじゃないか」
やっぱり。バスケ部員の誰かが、俺のことをユウヤに吹聴していたらしい。足並みを揃えないやつは即刻排除する――これが学生に多い心理だ。
わざわざ弁明するメリットはないが、会話のキャッチボールを続けるために、
「どこかの誰かさんに、デタラメを吹き込まれたようだけれど、コミュニケーションは大の得意だぞ」
と威張ってみせた。
無機質な笑みを浮かべていたユウヤだったが、俺の言葉に気を許したのか、声を出して笑った。
「いやいや、噂は安易に信じるものじゃないな」
全くその通りだと思う。夢が夢であるように、噂も噂でしかない。
「結局のところ、実際に会ってどう感じるか、だからな」
「誤解して悪かったよ」
俺は、ユウヤの謝罪を受け、かぶりを振って許した。
これで本題に移れる。
「ところで――」
「経験者だよ」
さっきの質問に戻ると予測していたのか、ユウヤは食い気味で答えてきた。
……うーん。本人が証言しているのだから、確かなんだろうけれど……いまいち得心できない。経験者であれば、それ相応の筋肉が備わっているはずだからだ。
「続けざまに訊くのは無粋かもしれないが」
「いいよ、何でも」
「じゃあ、遠慮なく。もしかして……筋トレしてないのか?」
訊くと、ユウヤは自身の痩せた脚に目を向けた。
「筋トレはしてる。でも、体質的な問題で……中々ね」
そういうことだったのか……。
「無理に訊いて悪かった」
「お互いに謝って、何だか妙なファーストコンタクトになっちゃったな」
「失礼な質問をした身で言うのも変な話だが、同意だ」
「でもさ」
ユウヤの瞳が、鋭くなった。
次の瞬間、ドリブルで俺の背後のゴールを狙ってきた。
ワンオンワン――感覚的なプレーができない俺は、心理を読むことを意識しているおかげか、一対一の真っ向勝負が得意だ。攻めも守りも、同級生相手に負け越したのは、ほんの僅か。
早速、フロントチェンジという左右にボールを動かす技で、俺を揺さぶってきた。抜け道を与えないように、動じないように、ぴったりと食らいつき、勝負は硬直状態になった。
刹那の油断が、命取りになるスポーツだ。集中力を研ぎ澄まし、詰将棋のように選択肢を潰していく。こうやっていれば……相手は痺れを切らす!
一旦、俺から距離を取り、また接近してきたユウヤと体が衝突する。細身のユウヤが相手なら、フィジカルでは負けるはずがない、と慢心していたら、何故だか後方によろめいてしまい、スリーポイントラインの後ろから、ミドルジャンパーを決め込まれた。
ボールを回収し、ユウヤは額に伝う汗を拭った。
「やりようはある」
完敗。プレーで示されては、もはや反論のしようもない。
「やられたよ。じりじりとした攻防だったけれど、重要な局面で足取りが覚束なかった」
「いや、そっちがたまたまミスをしたわけじゃない。さっきのプレーは、十分な助走ができる距離からぶつかって、フィジカル負けしないようにする、という狙いがあったからね」
「それでも、体格差がある俺を、よろめかせることができるのは凄い」
「助走には、心理的な意味もある。動揺させるほどのスピードがあれば、大抵のプレイヤーは怖気付くだろう? 体が強張ってしまえば、後ろにもよろめくし、リアクションも鈍くなるから、こちらとしては楽にシュートできるってカラクリさ。ま、仕組みがバレたら通用しないだろうな」
そんな機密事項をバラすなよ、とツッコミたくなる気持ちを抑え、率直な感想を伝えてみる。
「弱点を武器に変える……常識外の発想で感心するよ」
ユウヤは、神妙な面持ちで、
「長所を伸ばすのも手だけれど、やっぱり苦手を苦手で終わらせたくないというか、弱点から逃げたくないんだよね」
と一言。
貪欲な発想力に加え、現状から逃避しない克己心を持ち合わせている――俺は、ユウヤという人間に惹かれた。ユウヤとなら、ウィンウィンな関係が構築できる、そう思い、初日にして友達になった。
お気に入り登録と評価、ぜひよろしくお願いします




