表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/68

第5話 挨拶代わりの1on1

 間が空いたのは五秒程度だろうか。ユウヤは、我に返って口角を上げ、外面モードに切り替えた。


「何だ。話せるんじゃないか」


 やっぱり。バスケ部員の誰かが、俺のことをユウヤに吹聴していたらしい。足並みを揃えないやつは即刻排除する――これが学生に多い心理だ。


 わざわざ弁明するメリットはないが、会話のキャッチボールを続けるために、


「どこかの誰かさんに、デタラメを吹き込まれたようだけれど、コミュニケーションは大の得意だぞ」


 と威張ってみせた。


 無機質な笑みを浮かべていたユウヤだったが、俺の言葉に気を許したのか、声を出して笑った。


「いやいや、噂は安易に信じるものじゃないな」


 全くその通りだと思う。夢が夢であるように、噂も噂でしかない。


「結局のところ、実際に会ってどう感じるか、だからな」


「誤解して悪かったよ」


 俺は、ユウヤの謝罪を受け、かぶりを振って許した。


 これで本題に移れる。


「ところで――」


「経験者だよ」


 さっきの質問に戻ると予測していたのか、ユウヤは食い気味で答えてきた。


 ……うーん。本人が証言しているのだから、確かなんだろうけれど……いまいち得心できない。経験者であれば、それ相応の筋肉が備わっているはずだからだ。


「続けざまに訊くのは無粋かもしれないが」


「いいよ、何でも」


「じゃあ、遠慮なく。もしかして……筋トレしてないのか?」


 訊くと、ユウヤは自身の痩せた脚に目を向けた。


「筋トレはしてる。でも、体質的な問題で……中々ね」


 そういうことだったのか……。


「無理に訊いて悪かった」


「お互いに謝って、何だか妙なファーストコンタクトになっちゃったな」


「失礼な質問をした身で言うのも変な話だが、同意だ」


「でもさ」


 ユウヤの瞳が、鋭くなった。


 次の瞬間、ドリブルで俺の背後のゴールを狙ってきた。


 ワンオンワン――感覚的なプレーができない俺は、心理を読むことを意識しているおかげか、一対一の真っ向勝負が得意だ。攻めも守りも、同級生相手に負け越したのは、ほんの僅か。


 早速、フロントチェンジという左右にボールを動かす技で、俺を揺さぶってきた。抜け道を与えないように、動じないように、ぴったりと食らいつき、勝負は硬直状態になった。


 刹那の油断が、命取りになるスポーツだ。集中力を研ぎ澄まし、詰将棋のように選択肢を潰していく。こうやっていれば……相手は痺れを切らす!


 一旦、俺から距離を取り、また接近してきたユウヤと体が衝突する。細身のユウヤが相手なら、フィジカルでは負けるはずがない、と慢心していたら、何故だか後方によろめいてしまい、スリーポイントラインの後ろから、ミドルジャンパーを決め込まれた。


 ボールを回収し、ユウヤは額に伝う汗を拭った。


「やりようはある」


 完敗。プレーで示されては、もはや反論のしようもない。


「やられたよ。じりじりとした攻防だったけれど、重要な局面で足取りが覚束なかった」


「いや、そっちがたまたまミスをしたわけじゃない。さっきのプレーは、十分な助走ができる距離からぶつかって、フィジカル負けしないようにする、という狙いがあったからね」


「それでも、体格差がある俺を、よろめかせることができるのは凄い」


「助走には、心理的な意味もある。動揺させるほどのスピードがあれば、大抵のプレイヤーは怖気付くだろう? 体が強張ってしまえば、後ろにもよろめくし、リアクションも鈍くなるから、こちらとしては楽にシュートできるってカラクリさ。ま、仕組みがバレたら通用しないだろうな」


 そんな機密事項をバラすなよ、とツッコミたくなる気持ちを抑え、率直な感想を伝えてみる。


「弱点を武器に変える……常識外の発想で感心するよ」


 ユウヤは、神妙な面持ちで、


「長所を伸ばすのも手だけれど、やっぱり苦手を苦手で終わらせたくないというか、弱点から逃げたくないんだよね」


 と一言。


 貪欲な発想力に加え、現状から逃避しない克己心を持ち合わせている――俺は、ユウヤという人間に惹かれた。ユウヤとなら、ウィンウィンな関係が構築できる、そう思い、初日にして友達になった。

お気に入り登録と評価、ぜひよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ